中東ではイラン革命が起こり、親米政権の一つを喪った。アメリカが新生イランと対抗するために手を組んだのが隣国の「独裁国家」イラクだった。ほどなくソ連がアフガニスタンに侵攻する。長くトラウマとなりつづけた「ヴェトナムの傷」を競争相手も負うことになる。レーガンに「悪の帝国」と名指しされたソ連は、都合よく崩壊への道に踏み出していった。アメリカは反ソゲリラを援助したが、彼らはやがてアメリカの中枢を攻撃する「狂信的テロリスト」に成長していく。
資本主義の勝利は揺るぎないものとして喧伝された。他の思考モデルへの想像力は先細りになる。
変動ドル本位制に切り替わった七〇年代以降、世界経済の流れは止まらない。毎日変動する為替ルートの動きによって巨額のマネーが取り引きされる。通貨は有力な商品だ。アメリカの産業構造も、製造業からサービス情報産業主体へと変化していく。為替の差益で市場が成り立つ世界。
一九八五年のプラザ合意(円高ドル安の容認)は、通貨資本主義の流れを決定づけた。ある経済学者は早くもその翌年に、こう警告しなければならなかった。《西側の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある》と。カジノ資本主義が未来への賢明な合意であったのか否かは、だれにもわからない。すでにアメリカの貿易赤字は常態となっていたが、八〇年代中頃から驚くべき率で巨額化していった。赤字を買い支えるのがだれなのかについては諸説がある。二十世紀後半のアメリカは、もはやモノは作らずに、モノを大量消費するだけのバカ大国になった。
アメリカが製造するモノで国際競争力を備えているのは、兵器とコンピュータと映画のみだという説もある。アメリカ人の書くミステリも、その文化項目の一端に位置を占められるだろう。