エリック・ガルシア『さらば、愛しき鉤爪』Anonymous Rex 1999
Eric Garcia(1973-)
酒井昭伸訳 ヴィレッジブックス 2001.11
恐竜が人間型のボディスーツをまとって人間界に隠れ住んでいる世界の話。近未来か、多元宇宙か、妄想世界か。そんなことはどうでもいい。主人公で語り手は恐竜だ。
パルプ雑誌マニアが妄想の願望が嵩じてタフガイになりきってしまったという話ならあったが、これはその上を行く。メタファーが物語に変じた。
タフガイは時代遅れの恐竜めいた存在だという嘆きは、いつしかハードボイルドの基調となっていった。かつては、タフガイの美学こそある社会層の誇りであり、批判精神の拠り所でもあった。しかし変わらぬ感慨をいだいていても、もはや無様な繰り言になりかねない。そこで、いっそタフガイを真正の恐竜にしてしまったら――。
そこで生まれたのが、人間の皮をかぶった恐竜の物語。絶え間なくまき散らすナルシズムのモノローグも、恐竜の口から発されるものなら、昔日の輝きをとりもどせる。
すでに私立探偵という存在が定型ミステリの世界ですら滑稽なタイプに成り果てている時代。タフガイの蘇生には、こういう手もあったかと感心させられる。彼のものになる言葉も行動も、彼が真面目になればなるほど戯画的に映る。彼を恐竜と指定することによって、コミックの世界は、もういちど孤立したメッセージを語りえたのだ。
シリーズは、
『鉤爪プレイバック』 Casual Rex (2001)
『鉤爪の収穫』 Hot and Sweaty Rex (2004)
と続いた。