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2024-02-07

3-3 アイラ・レヴィン『死の接吻』

 アイラ・レヴィン『死の接吻』A Kiss Before Dying 1953
Ira Levin(1929-2007)
中田耕治訳 早川書房HPB1955.6 ハヤカワミステリ文庫1976.4

 戦後青年の像は、クイーンやスピレーン、マクベインといった書き手によって、きわめて断片的にミステリのなかに取り上げられてきた。もう少し正面きって挑んだ作品に、初期のロス・マクドナルドによる『青いジャングル』1947(創元推理文庫)、『三つの道』1948(創元推理文庫)がある。

 ここではさらに典型的な社会不適応者=犯罪者の物語を考えてみよう。

 『死の接吻』は、マガーの『七人のおば』が結婚案内ミステリーだったのとは逆の意味で、ゆがめられた「結婚願望」の話だ。この主人公の目標は、「百万長者の娘と結婚する方法」だ。手段を選ばず実践する。彼のエゴイズムはあまりにその野望に求心しすぎているため、共感をひきにくい。しかも、これは三回戦だ。一度の失敗に懲りずに、二度、三度と挑戦する。

 最初の娘は誤って妊娠させてしまったので、やむを得ず殺さねばならなかった。これは『アメリカの悲劇』の変奏でもあり、新しさといえば、殺人者のドライさだけだ。そして作者が叙述に工夫をこらし、彼の名を伏せている点。犯人の側から描かれるが、展開は、名前のわからない「犯人を捜せ」だ。その意味では、マガー・スタイルの男性版といえる。

 彼の正体が誰であるかは、しかし、物語の主要な牽引力にはならない。第二部は、彼が殺した娘の姉に近づいて、また犠牲者にするという話だから。三部仕立てのこの物語は、いってしまえば、彼が妹から順に三人姉妹を野望の道具にする話だ。構成に多少の斬新さはあっても、最後までそれを生かしきれていない。一度目の失敗にもめげずに二度目も同じ手を使うところが図式的だ。三人姉妹が順に籠絡されてしまうという展開も、どこかお手軽だ。犯人の行動が積み重ねによって重みを増すのではなく、かえって薄っぺらに感じられる。

 道具にならないなら殺せ。という犯人の信条は、ある種の典型とみなさないかぎり救えない。単純で幼児的。ミステリの主人公にしか使えない。スピレーンの四五口径を撃ちまくる男根主義的ヒーローと兄弟のように似ている。

 レヴィンはその後、小説は数えるほどしか発表しなかった。『ローズマリーの赤ちゃん』1967が、ホラー分野の指標的名作として名高い。

2024-02-06

3-3 フレドリック・ブラウン『彼の名は死』

 フレドリック・ブラウン『彼の名は死』His Name Was Death 1954
Fredric Brown(1906-72)
高見沢潤子訳 東京創元社クライム・クラブ1959 創元推理文庫1970.7

 ブラウンの名は、レヴィンのように戦後世代のある一面の代弁者とはならないだろう。代表作を一編選んで位置づけをはっきりさせるような書き手ではない。『彼の名は死』は叙述トリックに関する参考作品になる。『死の接吻』は三部構成で古典悲劇を狙ったが、見事に失敗した例だと思える。金持ちの令嬢を道具にしそこねて殺す話では悲劇にはなりがたいし、第一部の犯人の正体を伏せた叙述も部分的な効果に終わっている。

 『彼の名は死』は、各章の視点人物を交替させ、章題にその人物名をつけた。技法の冴えのみで記憶されるようなテキストだ。話はかんたん、贋金つくりの業者がはまった底なしの罠を追いかけていく。流失した札を回収するために彼がとった行動はことごとく裏目に出る。さして登場人物の多くない話に、多数の語り手が現われてくる。最後の章に出てくるのは「死」〈デス〉だ。死という名の男が顔を出すにおよんで物語は終局をむかえる。表向きの話の裏にひそんでいたものが暴かれ、鮮やかなひねり技によってページが閉じられる。ブラウンのミステリの持ち味は均一だ。

 取り出せるような「思想」は何もない。ミステリ作家というより短編作家。ショートショートの書き手、SF作家としてのほうが影響が強い。ラストの効果は短い作品ほど際立っている。「奇妙な味」の短編の代表とみなすほど刺激は強くない。日常性の表層を滑空して、イメージを逆転する技を得意とする。

 ミステリの設定だと、その逆転がややこじんまりとしすぎるところがある。視点の転換と名前を一致させるテクニックは、今日ではさして珍しくない。見るべきは、小説とはモザイク状の章を組み合わせてつくるパズルだとする、ブラウンの方法だ。叙述トリックの見事な例は、ほぼ同じ時期に出現してくる。比べれば多少インパクトに欠けるとはいえ、『彼の名は死』は忘れがたい作品だ。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...