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ラベル 4-8 カウンター・カルチャーの申し子たち の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2023-11-20

4-8 スティーヴン・キング『シャイニング』

 スティーヴン・キング『シャイニング』The Shining 1977
Stephen King(1947-)
深町眞理子訳 文春文庫

 キングの『シャイニング』は、古来の幽霊屋敷テーマを中西部山岳地帯の冬期には閉ざされるリゾートホテルに移して再生させた。それはたんにモダンホラーの拡大を実現したにとどまらなかった。

 彼は、単一の小説作品の成功のみではなく、アメリカン・ポップ文化のグローバルな発信人としての王座を得つつあった。王座を彼は、同年生まれの映画作家スティーヴン・スピルバーグと分け合った。それは同時に、六〇年代のカウンター・カルチャーの恩恵を全身で呼吸しながら育った身勝手なベビー・ブーマーたちが、自前のコミュニケーション・システムを創り出してきたことを意味する。キングは代表選手に育っていった。

 『シャイニング』の主要人物は、駆け出しの若い作家と妻、彼らの五歳の息子とに、ほとんど限られる。出没する幽霊や妖怪たちは極彩色にけばけばしく多彩だが、外部にいる人物はごく少なくしか登場しない。息子は異界と通じ、若い父親はホテルの魔にからめとられる。彼の精神が蝕まれていく様相は異世界の案内役でもある。過度の飲酒、幼児期のトラウマ、抑制できない暴力癖。通常の小説なら主人公の試練を形作る要素がすべて、彼をホラー領域に誘うためのパワーとなる。

 彼は狂気の人ではなく、異次元の満ち足りた住人へと変身する。『シャイニング』は裏返しにされた自己形成小説〈ビルドゥングス・ロマン〉だ。そしてベビー・ブーマー世代の家族の物語でもある。全世界的に人口増加をみた時代の当事者たちが成人して自前の家族を持った。親たちへの反抗によって自己形成した世代が、家族の問題に突き当たって試みた、一つの答えがここにある。

 『キャリー』1974(新潮文庫)、『呪われた町』1975(集英社文庫)、『シャイニング』と、キングは、マニアックなゴシック・ロマンを広大な荒野に解き放った。家族の物語の後日譚は『ペット・セマタリー』1983(文春文庫)に描かれた。彼が身近に使った道具は、コミックブックやB級SFやポップミュージックだった。彼を文化全体に精通したマスターとみなす者はだれもいないだろう。

 キングが体現したのは、サブカルチャーがメインカルチャーを包囲し、それに取って代わるという六〇年代文化革命の日常そのものだった。

 常に過剰でとどまるところを知らないデティール描写、迫りくる効果音にも似た「影の声」の挿入。キングが定着した技法は、活字領域以外からもたらされたものが多い。効果音は反復されるが、意味を満たされているわけではない。キングは、短編ホラーの世界に純化して封印されてきた手作りの恐怖を、分厚いペイパーバックの見世物小屋的世界に拡大した。活字は無色だが、それが喚起してくる興奮は原色にぎらついている。

 きわめて映像的でありながら、キング本がたいてい原作とは似ても似つかない奇妙な映画になってしまうことも面白い現象だ。キング世界は安っぽく下品な言葉の奔流から成り立っている。構成要素を移し変えてみると、それらは復元不可能だと了解される。品性の欠如はうわべの印象にすぎず、本質はその奥に隠されているのだが、それを映像的に翻案してくることが困難なのだ。


2023-11-19

4-8 ディーン・クーンツ『ウィスパーズ』

 ディーン・クーンツ『ウィスパーズ』Whispers 1980
Dean Koontz(1945-)
竹生淑子訳 ハヤカワミステリ文庫 

 クーンツは七〇年代をアイデア豊富なジャンル・ライターとして通過した。多数の読者をつかむパターンを確立するのは、八〇年代になるが、そこでも第一人者の次席に甘んじたようだ。

 初期の作品でいちばん記憶されるべきは『デモン・シード』1973(集英社文庫)だ。高度な機能を備えたコンピュータ・セキュリティ・システムが暴走し、守るべき住人を逆に監禁してレイプを企てる、という話だ。作者はこれを後年、改定して完全版1997をつくった。サイバーパンクSF的なシチュエーションをホラーに転用し、古びていない傑作だ。

 ここには、理由なく不可解な状況で追われるヒロイン、というクーンツの定式が姿をみせている。ストーカー役はコンピュータに振り当てられた。彼はこのパターンを使いまくってベストセラー・ライターの列に踊り出た。

 『ウィスパーズ』は彼の転機になる作品だ。ヒロインを追いまわす怪物は多重人格のサイコ男。この男はどちらかといえばホラーよりのキャラクターで登場してくる。彼の狙うのはたった一人の女だ。たった一人の女を何回も殺す。相手がなんど殺しても生き返ってくると信じこんでいる。その内面は怪物そのものだ。ヒロインの狙われる理由も、彼女が怪物の頭のなかでは第何十番目かの「たった一人の女」と認知されているからだ。

 そして彼は、物語の折り返し点で、いちど死んで生き返ってくるというとびきりの離れ業をやってのける。

 ホラー風に進行していくが、作者は、サイコ・ミステリのバランス感覚も巧妙に取り入れている。追う者と追われる者の中間に、捜査側の刑事をおく。刑事とヒロインのあいだに淡い感情が交差するのも、定石通りで救いになっている。怪物の造型が興味本位から免れているのは、彼のいだいたトラウマを、作者がいくらか共有していたからだろう。ニーリィのトリッキィな小説に先駆的に登場し、やがて八〇年代ミステリの主要なタイプを占めることになる多重人格者。彼を怪物とするだけでは、片づかなかった。クーンツはその特異さをよく理解しえていた。

 『ウィスパーズ』は、作者の美点を多く備え、かつクーンツのみが書き得る世界を前面に出すことに成功した。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...