アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会1』Tales of the Black Widowers 1974
Isaac Asimov(1930-92)
池央耿訳 創元推理文庫 1976.12、2018.4
アシモフはSF仕立てを離れた純然たるミステリのシリーズを思い立つ。食後歓談スタイルとでもいった基調。舞台は静かなレストラン、明るすぎない照明、心のこもったサービス、会心の料理。ここにミステリ談義が加えられれば、ベストという趣向だ。会員は互いへの敬意をもって徳とし、会員としての肩書きを名誉とみなす。常連メンバーは、化学者、数学家、特許弁護士、暗号専門家、作家、画家。この六人がおのおの持ち寄った事件を語り合い、推理を披露するというのが毎回の運びだ。
作者は、さらにこのパターンにひねりを加え、ディナーを給仕するウェイターを真打ちの探偵役にすえた。彼は歓談の一部始終を耳にしている。ことごとく外れる推理の応酬が一段落ついたところで、やおら真相を解きほぐすのだ。名探偵というにはあまりに慎ましい口ぶりで。
このシリーズの面白さは、話が進行していく人物配置の妙にある。複数のワトスン役が
椅子にすわり、安楽椅子探偵は立って給仕している。使用人は、ミステリのルールにおいては、たんに便宜的な存在(そこから生じる盲点をトリックに利用されるケースも含めて)としてあつかわれてきた。彼に探偵役を与えることによって、短編世界はいっそう緊密さを増した。『黒後家蜘蛛の会』シリーズは短編集五冊を数えている。