デイヴィッド・リンジー『悪魔が目をとじるまで』Mercy 1990
David L. Lindsey(1944-)
山本光伸訳 新潮文庫 1991.1
サイコ・ミステリや映画のなかの異常殺人鬼たちは、八〇年代を過ぎてもしぶとく生き延びた。彼らの紳士録をつくる作業は、九〇年代に入っても手を休めることができない。その領域に潜在する活力が使い果たされてもなお、表層的な現象は持続する。『羊たちの沈黙』以降という問題の立て方をしてもいい。ブームを牽引した作品が作家たちの目標に掲げられ、またジャンルの水準をつくる。さまざまなパターンが繰り返され、かえってこの領域は空前の活況を呈したようにもみえた。
リンジーはテキサス州ヒューストンを舞台にサイコ・キラーものを書きつづけてきたから、便乗派とは区別されるべきだろう。残虐描写の精緻さではかなり上位にくる。
『悪魔が目をとじるまで』は作者の集大成的な作品となる。描かれるのは徹底した性倒錯の世界だ。常人の想像を超えるハードSMの現場でサイコ殺人が連続する。タイトルは死体のまぶたが切り取られるところから来ている。作者は犯人あての興味も手堅くそこに仕込んでみせる。異常性愛のハードプレイと殺人の境界はどこにあるのか? 読者は、異常な精神世界を共にする閉鎖集団こそ謎解きミステリの有効な土壌であったことを、思い出すだろう。
捜査側は、女性刑事とFBI行動科学課の補佐役から成る。ここでは流行の意匠が無難に採用されている。徹底した倒錯世界において、性行為における性差、役割の固定は無意味になる。一般の性行為でならありうる性差別は起こりえないという。単なる猟奇殺人というレベルを超えた思索も展開されるこの作品は、このジャンルの一側面を代表する。
作者は以降、別の路線に切り替え、グアテマラを舞台にしたポリティカル・サスペンス『狂気の果て』1992(新潮文庫)などがある。