ヒラリー・ウォー『失踪当時の服装は』 Last Seen Wearing... 1952
Hillary Waugh(1920-2008)
山本恭子訳 創元推理文庫 1960.11
法村里絵訳 創元推理文庫 2014.11
警察小説のスタートは、ローレンス・トリート『被害者のV』1945(早川書房 HPB)による、というのが定説だ。
路線の軌道はすぐさま敷かれていったのではなく、五十年代初頭の、ウォー、ウィリアム・マッギヴァーン、ベン・ベンスンらの登場まで、少し間があいた。変容はゆっくりとジャンルのうちに現われ、第二次大戦後数年にして結実をみたと考えられる。
警察小説の大ざっぱな定義は、次の二点。
一、組織的機構を通して、犯罪捜査を描く。
二、主人公はその機構に属する複数の人物にふりわけられる。
ミステリに組織的捜査活動が不可欠であるという原理は、ヴァン・ダインによって呈示された。クイーンが強力にそれを受け継いだ。そこでは、警察はあくまで探偵の支配下にある従属機関にとどまる。
パズル派にしろ、チャンドラー派にしろ、警察への侮蔑や敵視という点では、奇妙に一致していた。私立探偵には、間抜けな警察・不正の巣たる警察という組織体が、自分の引き立て役として必要だった。空想的なゲーム小説の空間であろうと、リアルな現実の描破を努めようと、警察の定位置は変わらなかった。ヴァン・ダインは科学捜査にたいする公平な評価をミステリに導入するルールをつくった。しかし小説内での組織捜査員にたいしては、脇役として位置づけるほか、あまり愛情は注がなくてもいいと主張した。
ミステリへのチーム・ヒーローの登場は、アメリカ民主制勝利の賜物とも解釈できるが、じっさいはもう少し複雑な要因が組み合わされているだろう。マッギヴァーンの悪徳警官ものなどは、チャンドラー世界の副産物のようにも思われる。
『失踪当時の服装は』も、警察機構の組織的捜査とグループ主人公という要素を備えていたが、むしろ読み所は謎解き興味にある。もう一つの特徴は、警察署を都会ではなく、地方の小さな都市に置いた点だ。十代の少女の失踪から始まる。彼女は消えたのか、殺されたのか、誘拐されたのか。警察小説という外枠は取りながらも、ハードボイルド派に連なる社会批判の要素は抑えられている。戦後のミステリと黄金時代を分ける特徴の一つは多様化だ。ウォーの世界には、単独のヒーローもいないし、都市の考現学もない。主眼である謎解きを担当するのは、組織に属する平凡な男たちだ。語り口はドキュメンタリズムに徹し、淡々と進んでいく。事件もどちらかといえば地味だ。こうした傾向の現われは、何より支持層の多様化を示している。