トマス・ブロック『超音速漂流』Mayday 1979
Thomas Block(1945-)
村上博基訳 文藝春秋 1982.6 文春文庫 1984.1
改訂版(ネルソン・デミル共著 村上博基訳 文春文庫 2001.12
このページまで扱ってきた作品はおおむね、過去に属している。P・K・ディックを奇跡的な例外として。
七〇年代といえば、もう自明に回顧の対象だ。この項目であげる三編は、その時代よりもむしろ現在に作品的意味が延長しているとみなしうる。境界にある。充分には過去に退行していない産物だ。
『超音速漂流』は航空パニック・サスペンスの古典といわれる。ネルソン・デミルが共作者としてクレジットされ改定新版1998も出た。旧版がブロックの単独名義だったのは、二人が友人として協力し合ったこと、ブロックが現職パイロット作家だったこと、デミルがあまり有名になっていなかったことなどが理由だろう。
ジャンボ・ジェット旅客機が、テスト中のミサイル誤射を受け、機長は死亡、無線機も使用不能という危機におちいる。生存者は漂流する機をなんとか着陸にもっていこうとするが、失策を隠すために軍は非常手段に出ようとして……。パニックが機体の内と外とから来るという絶体絶命の状況を描く。
七〇年代には旅客機のハイジャック事件が急増した。「金曜日はハイジャックの日」といわれるほどに頻発した。ハイジャックの時代が作品にまで反映していったのも当然だ。現実が航空パニックものというジャンルを産み落とした。ジャンボ機消失の謎を描いたトニー・ケンリックの『スカイジャック』1972(角川文庫)、同じくジャンボ機の空中からのハイジャックを描いたルシアン・ネイハムの『シャドー81』1975(新潮文庫)といった傑作がある。それらは『超音速漂流』に抜かれた。
新しいところではジョン・J・ナンス(やはりパイロット作家)の『メデューサの嵐』1997(新潮文庫)があるが、『超音速漂流』の上を行く作品はまだ現われない。