スティーヴン・ハンター『極大射程』Point of Impact 1993
Stephen Hunter(1946-)
佐藤和彦訳 新潮文庫 1999.1
染田屋茂訳 扶桑社ミステリー文庫 2013.3
最強の狙撃手ボブ・リー・スワガーを主人公とする四部作の一だ。
『ダーティホワイトボーイズ』1994、
『ブラックライト』1996、
『狩りのとき』1998(以上、扶桑社文庫)とつづく。ボブ・リー四部作の焦点となっているのはヴェトナムだ。このヴェトナムはデミルやストラウブが描いたように錯綜した歴史空間だ。かんたんには解きほぐせない。ハンターは一貫して反体制白人の物語をめざす。
『極大射程』の主人公はヴェトナム戦争の伝説的スナイパーとして登場してくる。彼は新開発されたライフルの試射を依頼される。それは巧妙な罠の第一歩だった。ラドラムの暗殺者は記憶を喪うが、ハンターの狙撃手は名誉を喪う。罠の完成に必要なのは、狙撃に失敗した彼の死体だった。彼は重傷を負わされながら逃げ延びる。
四部作は、なぜ彼が罠にはめられねばならなかったかの深層をめぐって展開されていく。『ダーティホワイトボーイズ』は番外編だが、あとの二作は過去と現在を交差してラストの戦闘シーンに高まる。過去の焦点となるのは、ヴェトナムで彼が遭遇した戦争の実態だ。ハンターの視点は明瞭だ。責任は、汚い戦争を起こした政府と軍部にあり、兵士たちは使い捨てにされたのだと。そして戦時に消耗品だった者は平和時にも変わらずゴミ扱いされる。遺恨と未決は時間の経過によって薄れることなく、極大射程を結んで爆発してくる。
ボブ・リーの四部作が一段落して、作者は、彼の父親アール・スワガーの物語に溯行していく。年代記は溯るが冒険譚の基調は同じだ。
『悪徳の都』2000は、四六年、退役してきたアールがギャングの牛耳る街の浄化を引き受ける話。続編の『最も危険な場所』2001(ともに、扶桑社文庫)は、その五年後、南部の有色人種専用の刑務所をめぐって展開していく。試みとしては、コリンズの歴史もののアクション版といった色合いがある。
ただ見逃してはならないのは次の一点。東部エスタブリッシュメントと年代記のヒーローである中西部出身白人との根深い対立という観点だ。これは人種対立ほどに明瞭ではないが、アメリカ社会を形成してきた矛盾の一つだ。ハンターのメッセージは、
『クルドの暗殺者』1982(新潮文庫)、
『さらば、カタロニア戦線』1985(扶桑社文庫)、
『真夜中のデッドリミット』1988(新潮文庫)などの作品から少しも変質していない。