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2023-10-06

6-4 オットー・ペンズラー『愛の殺人』


 オットー・ペンズラー『愛の殺人』
Murder for Love 1996
Otto Penzler(1942-)
田口俊樹他訳 ハヤカワミステリ文庫 1997.5

 『愛の殺人』は、短編こそミステリの精髄だという信頼を新たにさせる。短編嗜好に応じた試みのうちでも異彩を放つ一冊。短編アンソロジーは数多いが、目利きの選択眼を売り物にした短編集がほとんどだ。編者が見識をもって書き手を選び、オリジナルの新作を書かせ、それが成功した例は珍しい。しかも内容のグレードが高い。

 編者ペンズラーは、評論家・研究者として活躍する一方、ミステリ専門の出版社・書店を経営する。このアンソ


ロジーでは編集者としての手腕も示した。ほとんど短編を書いたことのないミステリ作家から、メインストリーム文学の書き手まで、編者の個性は際立っている。『シークレット・ヒストリー』1992一作のみで知られるドナ・タートの詩が並んでいるのも編者ならではだ。

 集中では、マイケル・マローン「赤粘土の町」がベスト。

 続編に『復讐の殺人』1998がある。


2023-10-05

6-4 ローレンス・ブロック『殺し屋』

 ローレンス・ブロック『殺し屋』Hit Man 1998
Lawrence Block(1938-)
田口俊樹訳 二見文庫 1998


 ケラーという名のキラーの短編シリーズ。原タイトルは端的に「ヒットマン」だ。ニューヨーク派の書き手ブロックは短編の手練れとしても定評がある。飲まなくなった(元)アル中探偵のシリーズも書きつづけているが、ヒットマン連作がヒットした。短編十編をまとめて一冊にしてみると、いっそう引き立った。

 ケラーは古典的な殺し屋だ。書物のなかでしか存在感がない。報酬と引き換えに殺しを請け負う専門家――大衆的な映画やミステリで数かぎりなく登場してきたので、人びとは殺し屋のことを隣人みたいに親しく思っているかもしれない。任務をまっとうするたびにケラーはディレンマにとらわれる。哲学的思索を好むのではなく、いわば行きがかりで悩むことになる。人口を減らす職業のはずが、人助


けする世話好きのヒューマニストを演じてしまったりする。彼の行動はいつも皮肉だが、彼自身は皮肉屋ではない。

 書物のなかにも現実の世界にも、もっと大量にもっと残酷に殺す奴らがはびこり始めた。彼らはアマチュアにすぎないのに、アベレージでプロを上回る。彼の不満はそうした方面からも発してくる。書物のなかですら自分が何者であるかを充分にアピールできないからだ。これは誇りを持てるかどうかとは別のことだ。「殺し屋の話だって。だれが読むんだ、そんなもん」――彼なら憂鬱そうにつぶやくだろう。




2023-10-04

6-4 D・W・バッファ『審判』

 D・W・バッファ『審判』 The Judgment 2001
Dudley.W.Buffa(1940-)
二宮磬訳 文春文庫 2002.7


 『弁護』1997、『訴追』1999(ともに、文春文庫)につづく三作目。トゥローグリシャムに並ぶリーガル・サスペンス第三の男はだれか、という定説はまだない。重厚さでとればバッファは最有力だろう。

 首席判事が殺される。犯人のホームレス男は犯行を認めたあと自殺する。事件はそれで終わらずに、後任の判事も似たような状況で被害者となる。主人公の弁護士は二つの殺人に重大なつながりを見つける。法廷小説でありながら、法の番人たちが法律の外の論理によって裁かれる物語だ。法曹界という一家にあって、その頂点にいる人物は法による審判を免れてしまう。だから裁きは法の外からなされねばならない。話は非常にシンプルだ。法の外と内の矛盾、それを内側から描いてこそ成り立つ明快さだ。

 メインの話がシンプルな分、サイド・エピソードが相当に入り組んでいる。主人公の一人称に、過去の事件や回想が複雑に絡まり合ってくる。法に守られた者が法を悪用して実行した完全犯罪。それへの裁きが長い歳月をかけて、法の外から下されてくる。審判者はつぶやく。「人がなぜ復讐するのか、わかりますか。過去を変えたいからですよ」と。

2023-10-03

6-4 スティーヴン・ハンター『極大射程』

 スティーヴン・ハンター『極大射程』Point of Impact 1993
Stephen Hunter(1946-)
佐藤和彦訳 新潮文庫 1999.1
染田屋茂訳 扶桑社ミステリー文庫 2013.3

 最強の狙撃手ボブ・リー・スワガーを主人公とする四部作の一だ。『ダーティホワイトボーイズ』1994、『ブラックライト』1996、『狩りのとき』1998(以上、扶桑社文庫)とつづく。ボブ・リー四部作の焦点となっているのはヴェトナムだ。このヴェトナムはデミルやストラウブが描いたように錯綜した歴史空間だ。かんたんには解きほぐせない。ハンターは一貫して反体制白人の物語をめざす。


 『極大射程』の主人公はヴェトナム戦争の伝説的スナイパーとして登場してくる。彼は新開発されたライフルの試射を依頼される。それは巧妙な罠の第一歩だった。ラドラムの暗殺者は記憶を喪うが、ハンターの狙撃手は名誉を喪う。罠の完成に必要なのは、狙撃に失敗した彼の死体だった。彼は重傷を負わされながら逃げ延びる。

 四部作は、なぜ彼が罠にはめられねばならなかったかの深層をめぐって展開されていく。『ダーティホワイトボーイズ』は番外編だが、あとの二作は過去と現在を交差してラストの戦闘シーンに高まる。過去の焦点となるのは、ヴェトナムで彼が遭遇した戦争の実態だ。ハンターの視点は明瞭だ。責任は、汚い戦争を起こした政府と軍部にあり、兵士たちは使い捨てにされたのだと。そして戦時に消耗品だった者は平和時にも変わらずゴミ扱いされる。遺恨と未決は時間の経過によって薄れることなく、極大射程を結んで爆発してくる。

 ボブ・リーの四部作が一段落して、作者は、彼の父親アール・スワガーの物語に溯行していく。年代記は溯るが冒険譚の基調は同じだ。

 『悪徳の都』2000は、四六年、退役してきたアールがギャングの牛耳る街の浄化を引き受ける話。続編の『最も危険な場所』2001(ともに、扶桑社文庫)は、その五年後、南部の有色人種専用の刑務所をめぐって展開していく。試みとしては、コリンズの歴史もののアクション版といった色合いがある。

 ただ見逃してはならないのは次の一点。東部エスタブリッシュメントと年代記のヒーローである中西部出身白人との根深い対立という観点だ。これは人種対立ほどに明瞭ではないが、アメリカ社会を形成してきた矛盾の一つだ。ハンターのメッセージは、『クルドの暗殺者』1982(新潮文庫)、『さらば、カタロニア戦線』1985(扶桑社文庫)、『真夜中のデッドリミット』1988(新潮文庫)などの作品から少しも変質していない。

2023-10-02

6-4 トマス・H・クック『夏草の記憶』

 トマス・H・クック『夏草の記憶』Breakheart Hill 1995
Thomas H. Cook(1947-)
芹澤恵訳 文春文庫 1999


 クックは八〇年代から私立探偵小説の書き手として登場していた。暗鬱で良心的な苦悩にみちた作風だ。そちらのシリーズでも秀作はあるが、「記憶」シリーズ(これは日本での命名)が文学的ミステリとしての評判を定着した。

 少年の頃の記憶が人の一生を決定する。社会的な成功者として中年をむかえた男。彼の過去には何があったのか。初恋の少女の無惨な死。事件の真相はこれまで信じられてきた事実とは異なるのか。過去は迷路なのではない。あったとおりに語れない者を縛りつけているだけだ。彼は苦しめられ、記憶を解放するロックを一つひとつ解除していく。鍵の開け方が独自の文体と語り口を可能にした。

 シリーズとしては、次作『緋色の記憶』1996(文春文庫)


とが、頂点だろう。技巧を尽くした語りによって、一人の人間の記憶をたどるストーリーに目眩にも似た悦楽を仕込むことに成功している。暴かれる真相は物語効果の上からは、それほどショッキングなものではない。暴かれ方に酔わされるのだ。いかにも思わせぶりなカットバックでも、一流の文体によって読まされると納得できる。

 犯罪者は告白に倒錯的な悦びをいだくし、それを遠巻きにする観客は自白を目の当りにする興奮に胸を踊らせる。クックが用いた技法は、それらを二つながらに二重に満足させるものだ。読者は旧悪を告解する犯罪者になった気分まで味わうことができる。

 だれもが過去の囚人だ。その意味で、クックは、ロス・マク


ドナルドが通路をつけた失われた時を求めるプルースト的ミステリ世界を確実に継承したといえよう。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...