ジョゼフ・ウォンボー『クワイヤボーイズ』The Choirboys 1975
Joseph Wambaugh(1937-)
工藤政司訳 早川書房 1978
とはいえ、ウォンボーは元警官作家として、多少の誇張は加えたが、想像力を羽ばたかせたわけではない。彼は一時期有力な警官出身の書き手だった。素朴に体験から出発し、ヒーローとしての警官の物語を発信しつづけた。彼の作品は、警察小説というより警官小説と称されるのがふさわしい。
『クワイヤボーイズ』の発表年がアメリカのヴェトナム敗戦と一致していることは象徴的だ。その後おびただしく描かれることになる復員兵士のトラウマの諸相が、この小説のなかにはすでに満載されている。警官こそその傷痕に率先して晒されるのだという作者のメッセージを差し引いても、痛ましい質感がある。
物語の主人公は十人の制服夜勤パトロール組警官だ。彼らは、勤務あけの夜中に、公園で乱痴気パーティをひらいて憂さ晴らしする。それでやっと精神の平衡を保っているというわけだ。聖歌少年隊〈クワイヤボーイズ〉だ。
十人は二人組のコンビを一単位として紹介されていく。ウォンボーの世界の特質だが、ストーリー性はごく希薄なまま、配列されたエピソードの輝きで成り立っている。輝きというより『キャッチ=22』的な狂騒だ。狂執は物語に内向するのではなく、語っている作者自身が狂っているのではないかと思わせる。「はじき」〈ロスコー〉とか「なんちゅうた」〈ワッデヤミーン〉など、彼らの通称が雄弁だ。
そしてやりとりされる人種差別ジョークの強烈さ。まともに受け止めるとあまりに刺激が強い。レイシズム・ジョークの味わいは、最近は、かなり一般化しているようでもあるが、事は要するに、裸の差別言葉の激突だ。差別を知らず差別語にだけ堪能になるとはいかがなものか。スマートに翻訳するのは不可能な世界の会話だと思ったほうがいい。
ウォンボーはともかく、ヴェトナム世代の影について素晴らしい饒舌さで語った。一つひとつのエピソードは、現実に即しているだろうという意味で、シンボルにはなりがたい。『キャッチ=22』のような普遍性には到らないけれど、固有の悲喜劇性はありあまるほど備えている。