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2023-11-25

4-6 ジョゼフ・ウォンボー『クワイヤボーイズ』

 ジョゼフ・ウォンボー『クワイヤボーイズ』The Choirboys 1975
Joseph Wambaugh(1937-)
工藤政司訳 早川書房 1978

 『クワイヤボーイズ』をできるかぎり簡単に説明すれば、警官版『キャッチ=22』となるだろうか。

 とはいえ、ウォンボーは元警官作家として、多少の誇張は加えたが、想像力を羽ばたかせたわけではない。彼は一時期有力な警官出身の書き手だった。素朴に体験から出発し、ヒーローとしての警官の物語を発信しつづけた。彼の作品は、警察小説というより警官小説と称されるのがふさわしい。

 『クワイヤボーイズ』の発表年がアメリカのヴェトナム敗戦と一致していることは象徴的だ。その後おびただしく描かれることになる復員兵士のトラウマの諸相が、この小説のなかにはすでに満載されている。警官こそその傷痕に率先して晒されるのだという作者のメッセージを差し引いても、痛ましい質感がある。


 物語の主人公は十人の制服夜勤パトロール組警官だ。彼らは、勤務あけの夜中に、公園で乱痴気パーティをひらいて憂さ晴らしする。それでやっと精神の平衡を保っているというわけだ。聖歌少年隊〈クワイヤボーイズ〉だ。

 十人は二人組のコンビを一単位として紹介されていく。ウォンボーの世界の特質だが、ストーリー性はごく希薄なまま、配列されたエピソードの輝きで成り立っている。輝きというより『キャッチ=22』的な狂騒だ。狂執は物語に内向するのではなく、語っている作者自身が狂っているのではないかと思わせる。「はじき」〈ロスコー〉とか「なんちゅうた」〈ワッデヤミーン〉など、彼らの通称が雄弁だ。

 そしてやりとりされる人種差別ジョークの強烈さ。まともに受け止めるとあまりに刺激が強い。レイシズム・ジョークの味わいは、最近は、かなり一般化しているようでもあるが、事は要するに、裸の差別言葉の激突だ。差別を知らず差別語にだけ堪能になるとはいかがなものか。スマートに翻訳するのは不可能な世界の会話だと思ったほうがいい。

 ウォンボーはともかく、ヴェトナム世代の影について素晴らしい饒舌さで語った。一つひとつのエピソードは、現実に即しているだろうという意味で、シンボルにはなりがたい。『キャッチ=22』のような普遍性には到らないけれど、固有の悲喜劇性はありあまるほど備えている。

2023-11-24

4-6 ジェローム・チャーリン『ショットガンを持つ男』

 ジェローム・チャーリン『ショットガンを持つ男』Blue Eyes 1975
Jerome Charyn(1937-)
小林宏明訳 番町書房イフ・ノベル 1977.5 


 『ショットガンを持つ男』『狙われた警視』1976、『はぐれ刑事』1976(ともに、小林宏明訳 番町書房 イフ・ノベルズ)の「はぐれ刑事」三部作にとって、レイシズムはジョークの源泉〈ネタ〉ではない。物語のテーマそのものだ。

 三部作は、ラテン系ユダヤ系移民のファミリーとニューヨーク市警との骨肉の抗争を描く。トーンは、リアリズムとは少し違う。ファミリーとはいえ、ゴッドファーザー風のホームドラマの構成もない。犯罪集団も現場の刑事も同じ運命共同体の一員だ。これではとても警察小説の枠には収まりきらない。

 ラテン系ユダヤ人とは、マラーノと呼ばれるマイノリティ集団だ。マラーノのギャングの頭目パパ・ガズマンは五人の娼婦に産ませた五人の息子を持つ。末っ子のシーザーの他はみんな


知的障害者だ。別名を死神〈ミスタ・デス〉と呼ばれるパパ。そしてパパを取り巻く人物たちは、ことごとく二重に疎外されたマイノリティだ。記号が二つつく。ダブル・ハイフン付きアメリカ人だ。

 『ショットガンを持つ男』の主人公は、ユダヤ系ポーランド系の刑事。対抗する殺し屋は中国系キューバ系。とだれもが二重に入り組んだ出自を持たされている。しかも刑事はユダヤ系なのに、ブロンドで青い目をしている。彼のことを怖れる情報屋の男は「青い目をしたユダヤ人なんて、悪魔に違いない」と思う。その男はアルビノで肌の白い黒人なのだ……。

 チャーリンの世界では、ジョークがそのまま人物造型に直結している。シュールレアリズムのような世界だ。彼らが、警察


と犯罪者集団とに分かれているのは表向きのこと。みな幼な馴染みで、同じ共同体に属している。刑事かアウトロウかは、大した意味も持っていない。彼らはみなグロテスクに非アメリカの世界を生きている。その頂点に君臨し、彼らを束ねるのが、マラーノのゴッドファーザーたるパパなのだった。

 彼らはコミックブックのヒーローなのか。それともポスト・レイシズムの戯画を先取りしているのか。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...