トニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』Dance Hall of the Dead 1973
Tony Hillerman(1925-2008)
小泉喜美子訳 早川書房1975 ハヤカワミステリ文庫1995.7
黒人刑事、黒人私立探偵の登場は、局地的な出来事ではなかった。ジョン・ボール『夜の熱気の中で』1965 は、南部の田舎町で起きた殺人事件を解決するために、黒人刑事が奮闘する話だ。ボールの黒人刑事シリーズは後に三作つづく。
中国人刑事チャーリー・チャンのシリーズやJ・P・マーカンドの日本人間諜ミスター・モトのシリーズを思い浮かべるまでもなく、ミステリは異人種排撃を原理的に謳っていたわけではない。作品を捜せばむしろ社会の寛容さを証拠だてる例が見つかるだろう。それでもまだ、六〇年代にいたっても、マイノリティのヒーローは充分に一般化したとはいえない。
ボールと前後して、ケメルマンがユダヤ教のラビを探偵役としたシリーズの第一作『金曜日ラビは寝坊した』1964 を発表した。これは、短編集『九マイルは遠すぎる』をゆったりと書き継いでいた作者の、ユダヤ人コミュニティ研究の副産物ともいえる。力点はこちらのシリーズに移っていく。
アメリカのマイノリティのうちで、黒人と「インディアン」とは特別の存在だ。作者は、部族に残る風俗や伝承的儀式などを大胆に取りこんでいった。部族社会とはつまり、国家に囲いこまれた「統治地」だ。伝統も日常もそこに住む者にとっては絶えざる衝突の場なのだった。シリーズは文化人類学的アプローチがミステリに寄与する豊かな実例となっている。