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2023-11-28

4-5 トニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』

 トニイ・ヒラーマン『死者の舞踏場』Dance Hall of the Dead 1973
Tony Hillerman(1925-2008)
小泉喜美子訳 早川書房1975 ハヤカワミステリ文庫1995.7 


 黒人刑事、黒人私立探偵の登場は、局地的な出来事ではなかった。ジョン・ボール『夜の熱気の中で』1965 は、南部の田舎町で起きた殺人事件を解決するために、黒人刑事が奮闘する話だ。ボールの黒人刑事シリーズは後に三作つづく。

 中国人刑事チャーリー・チャンのシリーズやJ・P・マーカンドの日本人間諜ミスター・モトのシリーズを思い浮かべるまでもなく、ミステリは異人種排撃を原理的に謳っていたわけではない。作品を捜せばむしろ社会の寛容さを証拠だてる例が見つかるだろう。それでもまだ、六〇年代にいたっても、マイノリティのヒーローは充分に一般化したとはいえない。

 ボールと前後して、ケメルマンがユダヤ教のラビを探偵役としたシリーズの第一作『金曜日ラビは寝坊した』1964 を発表した。これは、短編集『九マイルは遠すぎる』をゆったりと書き継いでいた作者の、ユダヤ人コミュニティ研究の副産物ともいえる。力点はこちらのシリーズに移っていく。


 マイノリティ・ミステリの最も重要で長命なシリーズはトニイ・ヒラーマンによって、もう少し後に書かれ始める。『祟り』1970(角川文庫)に始まり、『死者の舞踏場』『黒い風』1982、『時を盗む者』1988、『聖なる道化師』1993(ともに、ハヤカワミステリ文庫)などとつづく、ナバホ先住民居留地シリーズだ。文化衝突の諸相、そして自然環境との交感。彼のシリーズが示すのは、通り一遍の共感や良識では、作家はこのテーマに立ち向かえないという当たり前のことだ。ヒラーマンはプアホワイトの家系に生まれ、インディアン寄宿学校で学んだ経験を持つ。

 アメリカのマイノリティのうちで、黒人と「インディアン」とは特別の存在だ。作者は、部族に残る風俗や伝承的儀式などを大胆に取りこんでいった。部族社会とはつまり、国家に囲いこまれた「統治地」だ。伝統も日常もそこに住む者にとっては絶えざる衝突の場なのだった。シリーズは文化人類学的アプローチがミステリに寄与する豊かな実例となっている。


2023-11-27

4-5 エド・レイシー『褐色の肌』

 エド・レイシー『褐色の肌』In Black and Whitey 1967
Ed Lacy(1911-68)
平井イサク訳 角川文庫 1969


 レイシーは最も早く、そして意識的に黒人探偵を登場させた書き手だ。『ゆがめられた昨日』の主人公の名は、トゥーサーン・ルヴェルテュールとマーカス・ガーヴェイから取られている。

 『褐色の肌』の舞台はニューヨークのゲットー。白人居住区と隣接する地域。そこで黒人少女が射殺される事件が起こった。KKKまがいの黒人差別集団が動き始める。

 若い黒人刑事リーは相棒のユダヤ人アルとともに潜入捜査を命じられる。物語は彼の視点から語られていく。社会運動家を装って潜入した彼らの前に、ゲットーの現実がたちふさがる。この作品の背景にあるのは、六〇年


代後半に頻発した人種都市暴動だ。

 とはいえ、物語そのものはドキュメンタリー・タッチで淡々と進んでいく。ラストに到るまで派手な事件は抑えられている。テーマにたいする作者の真摯な取り組みは疑いようがない。マルコムXやフランツ・ファノンに関する議論も出てくる。作者はさまざまなタイプの黒人を描き分けるべく努めている。主人公の潜入捜査官の内面は、恋人や相棒との葛藤で揺れ動く。警察小説というより、青い青春小説の苦さが強い。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...