ロス・トーマス『神が忘れた町』 The Fourth Durango 1989
Ross Thomas(1926-95)
藤本和子訳 早川書房 1990.9 ハヤカワミステリ文庫 1996.8
スタイリッシュで通好みのクライム小説の書き手というと、トーマスとレナードの二人になる。どちらもキャリアは長く、代表作をしぼりにくい。だいたい平均的に「この人しか書けない」独自の作品を万遍なく並べている。『冷戦交換ゲーム』1966(早川書房 ハヤカワ・ミステリ)、『黄昏にマックの店で』1990と、シリーズ・キャラクターはいるのだが、それ以上に毎回異なった名前で出てくる人物たちも面白い。
『神が忘れた町』の舞台は、カリフォルニアの小さな町。命を狙われる逃亡者を高額の報酬で匿ってやる裏ビジネスで市政を支えている。ここを仕切っている女市長と警察署長は六十年代ヒッピーの生き残り。無実の罪で服役した元判事が保護を求めてくるところから話は始まる。元判
事の生命は横領の罪をかぶせられた五十万ドルという大金にかかわっている。
トーマス作品の妙は、一つにストーリー設定にある。まず人物たちが放りこまれる冒頭のうまさ。話は単純明快とはいいかねるのだが、そこに引きこんでくるシーンの描写はいつも名人芸だ。ストーリーを紛糾させるのは多彩な脇人物たち。役割も定かでない人物が交差し、飛び回る。彼らのかわす科白は、気の利いた会話シーンの宝庫となっている。時には利きすぎて、意味をとりそこねる部分があることもご愛敬だ。陳腐な話や型にはまった人物では満足しない読者のために、書き手は力をしぼっている。分類すれば、騙し騙されのコン・ゲーム小説とも紹介できるが、詐欺師もののカタルシスとも無縁だ。
キャラクターを衝突させては、作者はプロットを進めていく。平均的なストーリー・ライターなら「初めにストーリーありき」で、その進行に適宜、人物を埋めこんでいくから手順は逆だ。コン・ゲームの当事者たちが玉突き台の玉のように衝突をくりかえす。先が読めない。
ストーリーの外に視線を離してみるとトーマス作品の特質はよく見えてくる。いたるところに脇道がついているが、標識はそれほど定かではない。その乱れた道すじを作者と一体になって楽しむことができれば、そこには無類の手練れがいる。比較的、話の一本線を見つけやすい『女刑事の死』1984や『五百万ドルの迷宮』1987が一般的だろう。