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2023-11-15

5-02 ロス・トーマス『神が忘れた町』

 ロス・トーマス『神が忘れた町』 The Fourth Durango 1989
Ross Thomas(1926-95)
藤本和子訳 早川書房 1990.9 ハヤカワミステリ文庫 1996.8


 スタイリッシュで通好みのクライム小説の書き手というと、トーマスとレナードの二人になる。どちらもキャリアは長く、代表作をしぼりにくい。だいたい平均的に「この人しか書けない」独自の作品を万遍なく並べている。『冷戦交換ゲーム』1966(早川書房 ハヤカワ・ミステリ)、『黄昏にマックの店で』1990と、シリーズ・キャラクターはいるのだが、それ以上に毎回異なった名前で出てくる人物たちも面白い。

 『神が忘れた町』の舞台は、カリフォルニアの小さな町。命を狙われる逃亡者を高額の報酬で匿ってやる裏ビジネスで市政を支えている。ここを仕切っている女市長と警察署長は六十年代ヒッピーの生き残り。無実の罪で服役した元判事が保護を求めてくるところから話は始まる。元判


事の生命は横領の罪をかぶせられた五十万ドルという大金にかかわっている。

 トーマス作品の妙は、一つにストーリー設定にある。まず人物たちが放りこまれる冒頭のうまさ。話は単純明快とはいいかねるのだが、そこに引きこんでくるシーンの描写はいつも名人芸だ。ストーリーを紛糾させるのは多彩な脇人物たち。役割も定かでない人物が交差し、飛び回る。彼らのかわす科白は、気の利いた会話シーンの宝庫となっている。時には利きすぎて、意味をとりそこねる部分があることもご愛敬だ。陳腐な話や型にはまった人物では満足しない読者のために、書き手は力をしぼっている。分類すれば、騙し騙されのコン・ゲーム小説とも紹介できるが、詐欺師もののカタルシスとも無縁だ。


 キャラクターを衝突させては、作者はプロットを進めていく。平均的なストーリー・ライターなら「初めにストーリーありき」で、その進行に適宜、人物を埋めこんでいくから手順は逆だ。コン・ゲームの当事者たちが玉突き台の玉のように衝突をくりかえす。先が読めない。

 ストーリーの外に視線を離してみるとトーマス作品の特質はよく見えてくる。いたるところに脇道がついているが、標識はそれほど定かではない。その乱れた道すじを作者と一体になって楽しむことができれば、そこには無類の手練れがいる。比較的、話の一本線を見つけやすい『女刑事の死』1984や『五百万ドルの迷宮』1987が一般的だろう。


2023-11-14

5-02 エルモア・レナード『ラブラバ』

 エルモア・レナード『ラブラバ』 La BRAVA 1983
Elmore Leonard(1925-2013)
鷺村達也訳 早川書房 1985.7 ハヤカワミステリ文庫 1988.4
田口俊樹訳 早川書房HPB 2017.12

 1980年春、ハバナ郊外のマリエル港からマイアミに十二万五千人のキューバ人が流入した。彼らはマリエリットと呼ばれ、ある情報によれば、その中には、二万五千人から三万人の凶悪犯罪者が含まれていた。

 ブライアン・ディ・パーマはこれを背景に『暗黒街の顔役〈スカーフェイス〉』のリメイク映画を作った。二〇年代のシカゴ・ギャングの物語は、キューバ難民ファミリーのどぎつい暴力映画としてよみがえった。アル・カポネのキューバ版を演じたアル・パチーノは「おれは政治的亡命者だ」と印象深い啖呵をきった。『スカーフェイス』は、ハワード・ホークスベン・ヘクトの監督脚本コンビに捧げられている。マイアミにおける人種人口比は八〇年代に逆転する。キューバ系を中心とするヒスパニックと黒人が絶対多数派となった。


 『ラブラバ』は、ディ・パーマ映画の泥絵の具のような極彩色に彩られているわけではないが、かつてのハリウッド・フィルムへのオマージュに満ちあふれている点は共通している。アメリカの人種対立の現在に向き合いながら、ドラマの作りには徹底したノスタルジアが流れている。

 小説は、元シークレット・サービス捜査官の写真屋ラブラバが往年のハリウッド女優と邂逅するところから始まる。スクリーンの中で憧れていたスターとの出会いはメルヘンのように語られる。彼は自分が麻薬で眠たげな目つきをしているロバート・ミッチャムの世界にいるような気がする。大人のメルヘンからトラブルが転がってきて、クライム・ストーリーが始まる。レナードの常套世界だ。郷愁をともにできる者にとっては快い。


 マリエリットも登場してくるけれど、彼らは難民の影を背負っているというより、レナード印のちょっといかれた小悪党の変型だ。必ずしも人種のるつぼの最前線が生々しくレポートされるわけではない。レナードもトーマスに劣らず、会話をそれ自体として読ませる芸を持った書き手だ。ただの無意味なやりとりでも楽しませる。

 作者にはウェスタン小説のキャリアがある。犯罪ものに転じてからもデトロイトを舞台にしていた。マイアミに移動してから独特のタッチが明瞭になった。

 『バンディッツ』1987は作者にしては珍しく、ニカラグア内戦を背景にして、アメリカ政府の介入を非難する部分もある。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...