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2024-04-05

2-7 クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』

 クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』Home Sweet Homicide 1944
Craig Rice(1908-57)
長谷川修二訳 早川書房HPB1957.6、ハヤカワミステリ文庫1976.6
羽田詩津子 ハヤカワミステリ文庫 2009.9

 ライスは、不可能趣味と怪奇趣味という二大要素を欠いたカー派の変わり種、ともみなせる。スラプスティック・コメディの側面が肥大した。

 最も有名なシリーズ主人公は、酔いどれ弁護士J・J・マローンのトリオだ。アマチュアの探偵好き夫婦ヘレンとジェイクが加わる。夫婦の素人探偵は『影なき男』のヒットの延長と考えられる路線だ。トリオは協力し合うが、肝心なところでは意地を張り、かえって事件を紛糾させていく。探偵役はたいてい、ドタバタ喜劇のプレーヤーも兼任している。

 ただしどんな書き手にしろ、ユーモアとは、うまくこしらえられた擬態であることが多い。カーのファルスに埋めこまれていた感情が多層だったように、ライスの場合も、


アルコールと事件好みのどんちゃん騒ぎの底に沈んでいるのは、胸を突かれるような哀しみだ。こうしたワンダフルな世界では、死体が勝手に移動する。死体もまた夢見る。生きていようが、死んでいようが、哀しいことに違いはない。

 『スイート・ホーム殺人事件』は、そうしたライスの主流作品からはトーンを変えている。事件そのものの派手さは抑えられ、探偵チームの日常風景がむしろ主になる。三人の子供をかかえて奮闘する未亡人ミステリ作家の隣家で殺人が起こる。彼女は執筆に忙しく、フィクションの世界にかかりきりだから、出番はごく少ない。探偵役は三人の子供だ。十二歳のエープリルを中心にして十四歳の姉と十歳の弟のトリオ。彼らがマローンのチームとよく似ているのは当然のこと。ライスの描く人物の根っ子は子供なのだから。

 彼らの探偵活動の心強い味方は、母親の作になるミステリ・シリーズだ。謎解きのヒントも大人の嘘を見破る手管も、すべてはママの書いた「J・J・レインもの」という教科書に載っている。なおかつ彼らは、母親と独り者の刑事の仲がうまく進展するようにと、いろいろ心をくだく世話好きタイプでもある。

 この作品は単発だが、ライスの世界の祈願を最も濃密に反映したものといえる。ドメスティック・ミステリ、もしくはコージー派と呼ばれる傾向は、このあたりから発した。キッチンを中心とした日常に事件が絡んでくる。ごく狭い拡がりのなかで話は展開していって、解決をみる。親しい家に招かれて家庭料理をご馳走されるような作品世界だ。

 ホーム・スイート・ホームをもじった「ホーム・スイート殺人事件〈ホミサイド〉」というタイトルにコージー派のモチーフは尽くされている。暖かい家庭料理とそれを供してくれる優しいママなんて幻想だ。幻想だからこそフィクションに描く値打ちがある。そしてそういう空間にミステリの題材を生かす試みも――。

 殺人と家庭団欒と。ミステリの歴史はさまざまの背反する空間をいとも簡単に結びつけてきた。その新たな成功が、ここから始まったといえよう。


2-7 パット・マガー『七人のおば』

 パット・マガー『七人のおば』 The Seven Deadly Sisters 1947
Pat McGerr(1917-85)
延原謙訳 (恐るべき娘達)新樹社ぶらっく選書
大村美根子訳 創元推理文庫 1986.8


 マガーは、『被害者を捜せ!』1946、『探偵を捜せ!』1948、『目撃者を捜せ!』1949と、タイトルが即、内容を語っていてわかりやすい謎解きタイプの作品を連発した。

 (余談だが、『探偵を捜せ!』の原題「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」は、スピルバーグによる映画化で話題を呼んだ、天才詐欺師フランク・アバネイルの回想記のタイトルと同じだ)。

 ミステリの常道は犯人捜し。マガーはそこにひねり技を加えて、他の役割人物に照明を当てた。被害者のいない話、探偵のいない話、目撃者のいない話……。そうした一連の試みの最もうまくいった例が『七人のおば』だ。発表


時期は、すでに黄金期を少しずれて、戦後に属している。「怖るべき娘達」という初訳のタイトルが時代相を映していて、ぴったりくる。

 話はこうだ。イギリスに渡った新婚のヒロインのもとに、伯母が夫を殺して自分も自殺したという報がとどく。彼女の伯母は七人もいて、そのだれが殺人者になったのかわからない。容疑者は七人、被害者捜しと犯人捜しの相乗効果。七人も伯母さんがいるという驚きがそれを盛り上げる。ひねり技は無理なくはたらいている。

 ヒロインは夫を相手に、七人の伯母の物語を語る。これが、すなわち安楽椅子探偵ものの進行と無理なく溶けこんでいく、という仕掛けだ。報告者と探偵は夫婦。必ずしも


役割分担は明確でなくていいわけだ。「犯人」である伯母捜しは七分の一の確率ゲーム。七分の一の確率とは、破綻した夫婦のケースを教訓として学ぶことでもある。彼らが真相にたどり着くとき、同時に、いかにして夫婦の失敗を回避するかという知恵もいくらか身についているはずだ。

 『七人のおば』は、結婚案内ミステリの隠し味も備えている。《アメリカの家族に起こったことはどうにか耐えられる》という末尾の一行は意味深い。戦後風俗のスタートがここに表われている。


2-7 アラン・グリーン『くたばれ健康法!』

 アラン・グリーン『くたばれ健康法!』What a Body! 1949
Alan Green(1906-75)
井上一夫訳 創元推理文庫 1961.7


 『くたばれ健康法!』は、カー派の流れにある。初訳のタイトルが『健康法教祖の死』、それから『ボディを見てから驚け!』に変わり、現在のタイトルに落ち着いた。いずれも、もう一つ座りがよくないのは、トリックのせいか。

 これまで見てきたように、不可能トリックものは、作品世界のリアリティ補強のために怪奇趣味や心霊現象やドタバタ喜劇などを前面に立てる傾向があった。グリーンの方針は明解だ。全編、これギャグ。

 趣味は健康、仕事も健康、信仰も健康。不健康なほど健康を信じる風潮は、最近のことでなく、古くから一般的にあったようだ。犯人も被害者も容疑者も殺人の状況


も、すべて健康に関わっている。健康が殺人事件をつくり、その真相解明を阻んだのだ。

 全米に五千万人の信者を持つ健康法の教祖が射殺された。フロリダ州のリゾート・ホテル。現場はもちろん密室だった。しかも奇怪な目撃証言によれば、銃弾はプールのなかから発射されたらしい。射撃の的にはふさわしい巨体の持ち主だった。容疑者、五千万人……。教祖殺しを知って笑い死にしそうになった者が無数にいる。

 まさに健康第一主義があってこそ成立したギャグ殺人。いや、殺人的ギャグか。



タイトルも『健康法教祖の死』から
『ボディを見てから驚け!』に変わり、
『くたばれ健康法!』で、落ち着いた。


『健康法教祖の死』『別冊宝石101』 1960.7


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...