ピート・ハミル『マンハッタン・ブルース』Dirty Laundry 1978
Pete Hamill(1935-2020)
高見浩訳 創元推理文庫 1983.6
ハミルの私立探偵小説も、『マンハッタン・ブルース』から『血の胸飾り』1979、『天国の銃弾』1984とつづき、ニューヨーク三部作と呼ばれている。こちらのポストモダン度はずっと慎ましいので、気づかないで普通のハードボイルド小説として読み終わってしまうだろう。これは、オースターが二度くらいボツにされた時点で心屈して常識的な定型に書き直したような作品イメージを持っている。ストーリーを追うごとに壊れていくのは、作者の力量不足かもしれないが、もっと積極的に定型を壊したかったのではないかとも解釈する余地がある。
この小説も電話から始まる。ただし遠い過去を呼び覚ますやるせない電話だ。それは、「アパートの一室でチャーリー・パーカーの『オーニソロジー』を聴いているとき」鳴る。具体的な固有名詞によって情感が補強されているところからも明らかなように、第一行から「都市の中の匿名性」という興味は打ち捨てられている。しごくまっとうなハードボイルドの開幕シーンだ。かつての女友だちの電話にかき乱される心。彼がすでに事件の只中にまきこまれているという仕掛けはお馴染みのものだ。
ハミルはジャーナリストで、この三部作は余技的な色合いが濃い。その分、気ままに形式を遊んだようで、ストーリー展開には定型から外れるところも多い。第三作では、ヒーローのルーツを求めてアイルランドに飛んでいる。