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2023-11-11

5-03 ケン・フォレット『鷲の翼に乗って』

 ケン・フォレット『鷲の翼に乗って』On Wings of Eagles 1983
Ken Follett(1949-)
矢野浩三郎 集英社文庫 1984.1

 『鷲の翼に乗って』は、勇壮な冒険アクション読み物ではあるが、小説ではない。事実にのっとったノンフィクションだ。

 この作品においては、重要人物が二人いる。エレクトロニクス・データ・システム社(EDS)の会長ロス・ペロウ。退役グリーンベレー兵士ブル・サイモンズ大佐。書き手は、すでに国際スパイ小説で高名だったが、作品に関しては、この二人ほど重要な役割を果たしていない。

 イラン革命前夜、業務のために駐在していたEDS社社員が収賄容疑で逮捕された。政治交渉で釈放させようとした試みは失敗し、彼らは刑務所に送られてしまう。ペロウは自社の社員が人質になったと受け止め、人質奪還を決意する。救出作戦のためにブル・サイモンズを傭い、チームを編成する。レスキュー・チームはイランの刑務所の模型を使って作戦の訓練をした。しかし社員がさらに堅固な刑務所に移送されたので、訓練は無駄になる。 じっさいの作戦は、七九年の二月、革命派の刑務所襲撃に便乗する形で実行された。


 ペロウはこの成功に飽き足らず、作戦の全体をすぐれた読み物として発表する義務を感じた。彼は、後に第三党から大統領選挙に打って出るわけだが、政治的野心はすでに芽生えていたのだろう。一流の名の売れたライターを傭うことにした。書き手の貢献は、この本に関するかぎり、ごくささやかだったと思える。ペロウは作家の想像力に敬意をいだいてなかったろう。彼が望んでいたものは、個人的な名声でないとすれば、アメリカの失地回復だったはずだ。名誉の回復である。

 カーターの人権外交は人気の高い標語だった。しかし革命後の七九年十一月、テヘランのアメリカ大使館が占拠され、五十二名のアメリカ人が人質にとられたときは事情が異なった。その上、政府によるアメリカ軍兵士の救出作戦は失敗に終わり、その失敗の模様は、全世界に報道された。ヴェトナム敗戦の記憶も新しいうちに、アメリカ政府軍はまたしても無様な失策をさらしたのだ。ペロウが私兵を傭って敢行した作戦の成功は、「民主主義を守る戦い」として宣伝されるべきだと思われた。


 フォレットはライターとしての契約を果たした。ささやかな抵抗にも似て、彼は、イランのような近代化されていない独裁国家にコンピュータ・システムを売りこもうとするEDSの企業理念に疑問を呈した。それはアメリカ民主主義の輸出と介入についての、慎ましい反論であったかもしれない。

 ともあれ面目をつぶしたカーターの席を奪ったのは強い大統領だった。ほとぐなく小説のなかのヒーロー待望も、『レッド・オクトーバーを追え』1984(文春文庫)でのトム・クランシーの登場によって満たされた。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...