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2023-11-01

5-07 スー・グラフトン『探偵のG』

 スー・グラフトン『探偵のG』 ‘G’ is for Gumshoe 1990
Sue Grafton(1940-)
嵯峨静江訳 ハヤカワミステリ文庫 1991.6

 グラフトンの探偵はカリフォルニアを本拠にする。比較されるのは仕方がないにしても、彼女の作品に、それほど痛烈なメッセージをみつけることは難しい。探偵は孤独で仕事一筋の性格を強調される。だが作品の基調は、柔らかく暖かいものだ。探偵は、主観を廃した報告者を装っているが、与える印象は異なっている。

 これは作者がどちらかといえばロス・マクドナルド型に倣おうとしていたからだ。探偵が彼にしか見えない透視力で再構成する人間悲劇。グラフトンのシリーズの初期は、暗く閉じられた家族悲劇を好んで取り上げていた。探偵は触媒であり、前面に出ないほうがいい。彼女はすべてを報告書スタイルで通そうとする。「わたしの名前はキンジー・ミルホーン。事件の報告はいつもと同じように始める」と。

 ただチャンドラー・スタイルは模倣がきいても、ロスマク・スタイルはほとんど継承不可能だ。語り手としての探偵、過去から呼びかける物語を、正確に受け継いだ者はいない。この点、グラフトンはハンデ戦から始めて迂回路を取ったともいえる。


 彼女の物語は彼女の日常をこまかに報告するところから始まる。『探偵のG』では、彼女の誕生日に起こった三つのことが、まず列挙される。アパートの新居に引っ越した。依頼人の母親をモハーヴェ砂漠から連れ戻す仕事を引き受けた。キンジーに怨みを持つ男の殺害予定者リストのトップに立った。仕事に加えて身を守る必要が生じたヒロインはタフな探偵をボデイガードに傭うことになる。筋立てでわかるように、男権要素にたいして作者はずっと柔軟な姿勢を取っている。陰鬱な家族関係にドラマを閉じる方向ではなく、作者は、曲折あるストーリーにヒロインを放りこんでいくことを選ぶ。

 グラフトンのシリーズは、アルファベットの文字を頭にしたタイトルで着実に書き継がれている。現在はQのあたり。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...