マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』A Stranger in My Grave 1960
Margaret Millar(1915-94)
榊優子訳 創元推理文庫 1988.5
いっけん似たところのない彼らの作品は、深い部分で共鳴し合っている。マクドナルドはシリーズ作品をずっと書きつづけたが、ハードボイルド・ヒーローの戒律にしたがうことによって、喪ったものは大きかったとも思える。作品はまったく異質でも、妻は夫が描きえなかった世界をより究めていったのではないか。ミラーのほうが息長く書きつづけたから、それだけ作家的容量は上だったと印象される。
ミラーの後期の作品は、その意味で興味深い。マクドナルドが最後の作品を書いて以降の三作。「同行二人」で書いていたペースが崩れ、ミラー一人の執筆に切り替わった時期。『明日訪ねてくるがいい』1976(早川書房 ハヤカワ・ミステリ)、『ミランダ殺し』1979(創元推理文庫)、『マーメイド』1982(創元推理文庫)は、同じ私立探偵キャラクターを使ったシリーズだ。話はどれも失踪人捜しだが、微妙に作家夫婦の晩年を映し出しているようにも読める。
とはいえミラーの代表作も、中期にあるとするのが定説だ。『見知らぬ者の墓』に始まり、『まるで天使のような』1962(ハヤカワ・ミステリ)、『心憑かれて』1964(創元推理文庫)と並ぶ。
初期作品『眼の壁』1943(小学館文庫)、『鉄の門』1945(ハヤカワミステリ文庫)、『狙った獣』(この三作しか翻訳されていない)にあった、重苦しく強引なプロット運びは安定したものになっている。
『見知らぬ者の墓』の発端には、自分の墓の夢を見るヒロインが出てくる。墓標の日付は四年前。彼女は混血の私立探偵に調査を依頼する。この私立探偵は調査人とはなるが、役柄も性格も蒙昧な人物で、むしろ狂言回しといったほうがいい。彼は自分が何者かよく知らない。『八月の光』のジョー・クリスマスに似た男だ。この作品は、マクドナルドの数少ない非シリーズ小説『ファーガスン事件』1960(ハヤカワミステリ文庫)との対応が顕著だ。どちらもメキシコ系アメリカ人の問題に踏みこんでいる。完成度はミラー作品が上だ。民族混血というフォークナー的な悲劇の根は、カリフォルニアにも存在する。それを凝視する力はミラーが勝っていた。