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2023-09-25

6-5 ビル・ボナーノ『ゴッドファーザー伝説 ジョゼフ・ボナーノ一代記』

 ビル・ボナーノ『ゴッドファーザー伝説 ジョゼフ・ボナーノ一代記』Bound by Honor
Salvatore "Bill" Bonanno(1932-2008)
1999 (戸田裕之訳 集英社)


 コーザ・ノストラの物語。ボナーノ・ファミリーとその跡取りビル・ボナーノのインサイド・ストーリーは一度、ゲイ・タリーズのノンフィクション『汝の父を敬え』1971に描かれている。マイノリティ社会とアメリカが衝突するところに生まれた個人悲劇。同様の話は、『ゴッドファーザー』以来のマフィア映画が繰り返し「伝説」をつくってきたところのものだ。アル・パチーノが演じたゴッドファーザー二世のモデルがボナーノであることは定説となっている。

 すでに久しく「有名人」であったボナーノが、なぜ自らペンを取ったのか。それはこの本を前にしたとき自然と起こる素朴な疑問だ。彼は真実を語る衝迫にかられたのか。いやいや、それはあまりにありうべからざることだ。裏と表と裏。どんな社会にも付き物のからくりについて、著者はそれほど熱心に説明しようとしていない。彼は『白鯨』の語り手のように書き始める。「私の名前はイシュメルと呼んでくれ」と。聖書のなかで出てくる追放された息子。己れを語るために世界の組成を語ろうとする男のように。

 大統領と司法長官の兄弟(どちらも暗殺された)を育てた父親ジョゼフ・P・ケネディと、自分の父ジョゼフとはコインの表裏だった、とボナーノは書いている。エスタブリッシュメントの支配者と地下社会のボス。二人は個人的に三十年来の知己というだけではなく、同質の人物だった。二人の物語は同一であり、山ほどの虚偽と背信に満ちている、と。《二人はともに酒の密造から不動産へ、そして株式市場へ、さらに映画へと歩を進め、ともに巨大な富をえたが、常に金は蔑むべきものであり、金儲け自体が目的ではなく、影響力と力を行使するための手段に過ぎないと見なしていた》139P。
 ボナーノの記述は、ケネディ暗殺から始められるが、予想されるように事件の裏に張り巡らされた陰謀の解明に向かうわけではない。むしろ彼は陰謀は自明のこととして、興味の外に置いている。答えのわかりきったことをわざわざ書く必要はない、とでもいうように。

 だれにも語られなかったエピソードとして彼が公開するのは、ケネディ暗殺の後に起こった父ボナーノの誘拐事件だ。彼が陰謀について語るとき、社会を動かすメカニズムの中枢に自分が関わっているのだという確信がほの見える。政府によるヴェトナムへの介入には、想像される以上に麻薬ビジネスの関与があった。麻薬産業について、マフィアの方針は必ずしも一枚岩だったわけではない。裏社会にも反対論はあった。当然(ボナーノの見解によれば)表の支配層にも積極論があったということになる。

 ケネディ暗殺に関する資料は書物の形になっているだけでも膨大なものとなる。比較的早い時期に、落合信彦『二〇三九年の真実 ケネディを殺った男たち』1977(集英社文庫)がある。ニクソンやマフィアの陰での関与、カストロ暗殺未遂との関連など、陰謀説の主たる要素はそこに出揃っていた。データの多くの部分はFBIの一部からのリークによると想像される。正式な捜査機関は真相の封印に協力したが、情報の漏洩口を完璧にふさぐことはできなかったのだろう。

 ボナーノの回顧録は一種の哲学をはらんでいる。驚くのは、彼が十年以上も収監された経験を持つにもかかわらず、社会を動かすのは自分だという確信を揺るがしていないことだ。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...