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2023-09-30

6-5 ポーラ・L・ウッズ『エンジェル・シティ・ブルース』

 ポーラ・L・ウッズ『エンジェル・シティ・ブルース』Inner City Blues 1999
Paula L. Woods(1953-)
猪俣美江子訳 ハヤカワミステリ文庫 2003.6


 『エンジェル・シティ・ブルース』は、黒人女性警官の視点でロス暴動を描いた、おそらく最初の作品だ。

 ジャスティス(正義)という名の女刑事の物語は、肌の色のみでなく女性ハードボイルドの流れにおいて支持を受けたようだ。小説の原タイトルはマーヴィン・ゲイの『インナーシティ・ブルース』からとられているが、七十年代のヒット曲が歌いあげたメッセージと今日の現実とは、大きな落差がある。

 暴動鎮圧にかりだされたヒロインは街頭で殺人事件に遭遇する。その被害者は彼女を過去の因縁に深い関わりを持つ男だった。当初、容疑者とみなされた黒人医師に彼女は複雑な思いをいだく。過去と現在と、彼女の置かれた双方向の圧力はストーリーを手堅く転がしていく。暴動は後景にしりぞき、始まるのはヒロインの物語だといってよい。

 人種対立の現状がどうあれ、マイノリティ主人公は無視しえない勢力となってミステリの一角を占めている。サンドラ・スコペトーネ『狂気の愛』1991(扶桑社文庫)は、レズビアンの女探偵。マイケル・ナーヴァ『秘められた掟』1992(創元推理文庫)は、ゲイのヒスパニック弁護士。スチュアート・カミンスキー『冬の裁き』1994(扶桑社文庫)は、ユダヤ系刑事。S・J・ローザン『チャイナタウン』1994(創元推理文庫)は、中国系私立探偵。などとリストを連ねれば多彩だ。彼らの現状報告は、部分的には、民主主義社会への観方を変える。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...