デニス・ルヘイン『シャッター・アイランド』Shutter Island 2003
デニス・ルヘインDennis Lehane (1965-)
映画化されて二〇〇四年度のアカデミー賞の話題をさらった『ミスティック・リバー』2001は、ルヘインの特質をよく語っている。物語は三人の幼なじみをめぐって進む。一人は殺人容疑者、一人は殺された娘の父親、一人は事件を担当する刑事。話の基底を現在の事件に置きながら、彼らの源流を十歳のときに体験したある事件に求める。そのとき彼らの身に起こったこと、起こらなかったことが、彼らの人生を決めたのだ。いかにもアメリカ的な成長小説の味わいを、サスペンスの技法に無理なく融合した。
『シャッター・アイランド』の主人公は捜査官。犯罪者を収容する精神病院のある孤島に、相棒とともに送りこまれる。時は五十年代のなかば。物語のうちには過去の情景が適宜フラッシュバックされる。戦時の記憶はいまだ生々しかった。人間とは過去の体験の総和なのだという造型は、ここでも当然のごとく採用されている。
医療刑務所としての島の実態は予想を超えたものだった。彼は相棒に自分が島に来た真の目的を明かす。島の監視最高度の隔離病棟に入れられた放火犯に復讐を遂げるためだった。彼の妻を殺した男だ。
ハリケーン、囚人患者の暴動。捜査官の身の安全も確保できなくなっていく。彼は相棒さえも信頼できないことを知るに到る。
物語のラスト五十ページは袋綴じにされていて、驚嘆の結末が待っているという仕掛けだ。見せかけの真実の底に沈んでいた真の現実とは何か。人間の本質が、もし過去の総和などではないとすれば……。その疑問は、堅く綴じられた結末のなかにある。
なお、この作品は、先行作品の悪質なパクリだという意見が出ている。ものは、ウィリアム・ピーター・ブラッティの『トゥインクル・トゥインクル・キラー・ケーン』1966(未訳)。とくに、ブラッティ自身の脚本・監督による映画版1980(未公開)とは、ラストが同じだという(『ジャーロ』2004春号)。
加賀山卓朗訳 早川書房 2003
ハヤカワミステリ文庫 2006.9
2010 監督マーティン・スコセッシ・主演レオナルド・ディカプリオ