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2023-10-27

5-09 ローレンス・ブロック『八百万の死にざま』

 ローレンス・ブロック『八百万の死にざま』Eight Million Ways to Die 1982
Lawrence Block(1938-)
田口俊樹訳 早川書房HPB 1984.4 ハヤカワミステリ文庫1988.10


 他にも私立探偵の新たな名簿を書き連ねることはできる。ジェイムズ・リー・バークトマス・クックグリーンリーフもまだ記憶に残すべき作品を産出していた。

 ブロックが創りだした探偵マット・スカダーは元警官で、ライセンスを持たない探偵。アル中だ。ニューヨークの安ホテルに住み、起きている時間のほとんどを酒場で過ごす。そこが事務所がわりだ。頼み事を引き受けたコールガールが惨殺され、彼はまた酒に溺れていく。飲みすぎるタフガイはいやほど描かれてきたが、これほど破滅的に飲む男はいなかった。酒と折り合いつけることができない。作者のアルコール依存症を強く投影していたらしい探偵の病状は『八百万の死にざま』で頂点に達する。


 彼は燃え尽きるエッジに立たされる。このまま飲みつづけて死ぬか、酒を断って別の人生を拾うか。出口なし。未来はどこにも見い出せなかった。

 彼の日常は、事件の進行とは切り離されて、酒との闘いに消耗していく。AA(アルコール中毒者自主治療協会)への参加と、泥のような禁酒の日々。その疲労と更正への道のりは、『聖なる酒場〈ジンミル〉の挽歌』1986、『慈悲深い死』1989(ともに、二見文庫)に持ち越されていく。

 期せずして、スカダー探偵の記録は、白人種馬男〈ホワイト・マッチョ〉の考古学〈アルケオロジー〉についての雄弁な報告書となっている。


 本流タフガイの失墜、サイコ・キラーと女タフガイの登場。ミステリの局地でほぼ同時に起こった事柄は、正確にアメリカ社会の病弊を映し出している。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...