アンドリュー・ヴァクス『赤毛のストレーガ』Strega 1987
Andrew Vachss(1942-)
佐々田雅子訳 早川書房1988.8 ハヤカワミステリ文庫1995.1
バークには明確な敵がいる。子供をセックスの対象にする変態性欲者だ。基調は癒し。ある部分では、彼の物語は、小児性愛者告発の小説版だ。サイコ・キラーものに近づくことはなく、悪を征伐する話で一貫する。
明快な勧善懲悪の物語として、トラヴィス・マッギーのシリーズとも響き合う。しかしバークの陰影ははるかに暗い。私立探偵でも揉め事処理屋でもない。暗い過去を秘め、来歴を隠したアウトロウだ。
女たちは救いを求めて外からやってくる。シリーズは一作ずつヒロインに捧げられた賛歌でもある。しかし女たちは物語が終わるとふたたび外へ去って行く。バークと内面を共にすることはない。できない。変態性欲者の処刑人バークは自分の性欲は正常に健康に保っておく必要がある。女たちは便宜的な存在に押しやられる。
シリーズの中心にはまたバークの助っ人たちがいる。刑務所で知り合ったアウトロウ仲間。拳法の達人、メカの専門家、犯罪の教授、地下銀行の主。特徴的なのは、みな何らかの障害・欠損をかかえた異能者だという点だ。モンゴル系、ヴェトナム系と、人種的にも雑多な構成だ。
『赤毛のストレーガ』では、事件は依頼人から持ちこまれる。チャイルド・ポルノの写真を取り返してくれというものだ。結末こそ、ヒーローとその仲間たちが極悪人一味を襲撃して裁きをつけるという単線だが、ヒロインの正体は謎を残している。
最後に彼が行き着くのは、彼が女を理解できなかったし喪わなければならないという苦い覚醒だ。彼らのあいだには結局、性の快楽がそれのみが荒涼として在ったにすぎなかった。
癒しの物語としてヴァクスの世界は、ほとんど『赤毛のストレーガ』に尽きている。原型はすべてここに出揃っている。『ブルー・ベル』1988、『ハード・キャンディ』1989、『ブロッサム』1990、『サクリファイス』1991とつづく。新たなヒロイン、新たな敵役を得て、さらにストーリーは爆発していく。
おのおの輝いているにしろ、一度語られた物語の精緻な注釈に読めてしまう。
バークの終わりのない闘いがつづけばつづくほど、性の荒野の空疎は耐えがたいものとなる。彼もある種のパラノイアになって燃え尽きる未来しか持たないようだ。
ヴァクスが八〇年代の物語につけ加えた貢献の大きさは疑いない。たんにエルロイの偏向のバランスを正すことにはとどまらない。しかし彼の未来に明るさを見つけるのは困難なのだ。白人マッチョの現状はこのように、極端な振幅を示しながらも、全体としては暗澹な色調におおわれている。