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2023-10-24

5-10 ジョン・グリシャム『評決のとき』

 ジョン・グリシャム『評決のとき』A Time to Kill 1989
John Grisham(1955-)
白石朗訳 新潮文庫 1993.7

 グリシャム人気は今や、第一走者のトゥローをはるかにしのいでしまっているが、じつはデビュー作では、まったく成功を収めていない。泣きたくなるような部数しか売れなかったというのが不思議だ。シンプルなドラマ構造とけれん味たっぷりのプロットでブームを巻き起こすのは、第二作『法律事務所』1991(新潮文庫)以降のことだ。法廷という家が謀略小説めいた舞台となる。作風はトゥローとは対照的に華麗でわかりやすい。

 『評決のとき』は、作者の正義感をよく伝えるドラマだ。南部のある町で、黒人少女の強姦事件が起こる。被害者の父親が裁判所で犯人二人を射殺してしまう。主人公の弁護士が孤立無援を承知で父親の弁護を引き受ける。単純に父親に同情したというより、派手な事件にかかわって有名になりたいという打算も大きかった。作者は、ある強姦事件の裁判を傍聴して怒りにかられたところから創作を思い立ったといっている。人種差別の取扱いはやや図式的とはいえ、作者の良心を示している。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

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