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2023-10-13

6-2 ジェイムズ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』

 ジェイムズ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』White Jazz 1992
James Ellroy(1948-)
佐々田雅子訳 文藝春秋 1996.4 文春文庫 1999.3


 歴史はもうもう一人のタフガイによって、別様の再構成を試みられている。彼は慎み深さとは最も遠い人物だ。彼は起点を五〇年代に求める。
 それ以前の歴史には興味がないのか、あるいはまったく無知なのかもしれない。エルロイの疾走(暴走?)はすでに、『ブラック・ダリア』において始まっていた。ロサンジェルス年代記は、『ビッグ・ノーウェア』1988、『LAコンフィデンシャル』1990(ともに、文春文庫)とつづいて、ここに完結した。殺意と怨念の原点たる五〇年代。彼に、彼にのみ特有の、損なわれた時代。スピレーンの暴力的夢想とマッカーシー議員の妄想プロパガンダに隈取られた時代。彼の呪わしいノワールの原点はそこだ。

 猟奇殺人と「アカ狩り」とセックス・スキャンダル。――男が男であった時代? エルロイの主人公はさらに悪徳警官タイプに求心してくる。制服を着てバッジをつけた悪党が跋扈する暗黒の「神話」。年代記の文体もまた彼のなかで沸騰してくる。記事、報告書を適宜さしはさんでいくモンタージュの方法ばかりではなく、ストーリーの叙述も変容する。過剰で歪んだ情念の物語は、切り詰められたスタイルに押しこまれる。修飾語を削り取った文章は前のめりに切迫する。心象風景を凝縮する名詞がぶつ切りのまま投げ出される。真っ黒〈ノワール〉なかたまりがページを埋め尽くす。


 『ホワイト・ジャズ』はその完成体だ。暴力の詩人。センテンスは構文をていするより先に断ち切られ、爆発を繰り返す。科白とト書きだけのシナリオ状態の描写。

 《焼ける。熱く/冷たく――首筋、両手》

 ――これはほんの一例だ。断片は解体された人間の正確な反映かもしれない。暴力の使徒となってばらばらに壊れてしまった人間像。

 待てよ。これはどこかで見かけた「風景」なのではないかと思う。そうだ。ハメット、ヘミングウェイ、ドス・パソスが試みたこと。エルロイはそれ以上の極地を求めたのだろう。結果がパロディに随したかどうかについては諸論がある。だが、叙述の外面は破壊されてしまっても、彼のなかの悪辣なストーリー・ライターと歪んだ歴史修正主義者は生き残っている。

 エルロイはある種のエッジを示してはくれる。もちろん登りつめた頂上からどうやって降りるかは、まったく別の問題だ。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...