ウィリアム・ヒョーツバーグ『ポーをめぐる殺人』Nevermore 1994
William Hjortsberg(1941-2017)
三川基好訳 扶桑社ミステリー文庫 1998.12
脱出王の奇術師フーディーニとの友情。それがフーディーニの心霊術批判によって亀裂をみてしまったことも、利用しやすいエピソードだ。
ドイル&フーディーニ・ミステリの一つは、ウォルター・サタスウェイト『名探偵登場』1995だ。奇術師、霊媒、幽霊、心理学者、護衛などが入り乱れる降霊会で起こる密室殺人と、往年のロースンを思い出させるにぎやかな道具立てで迫る。
『ポーをめぐる殺人』のほうも趣向の凝り方では負けていない。二〇年代のニューヨーク、ポーの小説を見立てにした連続殺人が起こる。たとえば「落とし穴と振り子」……。探偵役はドイルだが、彼のもとにポーが霊魂のかたちで降り立つ。たんに夢の枕元に立つ人物にとどまらない。ポーは「おれこそ実在であって、きみドイルのほうが未来から迷いこんできた亡霊なのだ」などと、深遠なことをのたまう。ありうる設定だと思わせるところが秀逸だ。
ポーの決め科白は、いうまでもなく「大鴉」の詩句に封じこめられた「ネヴァーモア」の一言だ。もはやない。これを作者は小説の原タイトルに使ったのだった。
さらにはポーを主人公にした一作がある。スティーヴン・マーロウ『幻夢 エドガー・ポー最後の五日間』1995(徳間文庫)だ。ポーが巷間に横死を遂げる「死の直前」を想像力的に復元してみせた。正確にいうと、主人公はポーではなく、瀕死の状態で幻夢をつむぎ出すポーの幻覚のほうだ。行き倒れになって絶命したことは有名な事実、死の前の五日間は謎のままである。物語はその期間に特別の行動があったとは示さない。その期間にポーのイマジネーションがどれだけ飛翔したかを語っていく。まさにグロテスクとアラベスクのファンタジー。幻想文学のマスターを巧みに利用した、じつに味わい深い幻想小説だ。