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2023-10-10

6-3 ウィリアム・ヒョーツバーグ『ポーをめぐる殺人』

 ウィリアム・ヒョーツバーグ『ポーをめぐる殺人』Nevermore 1994
William Hjortsberg(1941-2017)
三川基好訳 扶桑社ミステリー文庫 1998.12

 探偵役をもう少しミステリに親しい人物に設定する試みも、もちろん見つけられる。ホームズ譚の生みの親コナン・ドイルはなかでも定番的キャラクターといえるだろう。ドイルは人気ミステリ作家としてのみでなく、オカルト心酔者としても知られる。心霊論者としては不人気だが、こちらのほうが歴史ミステリに登場させるには都合がいい。

 脱出王の奇術師フーディーニとの友情。それがフーディーニの心霊術批判によって亀裂をみてしまったことも、利用しやすいエピソードだ。

 ドイル&フーディーニ・ミステリの一つは、ウォルター・サタスウェイト『名探偵登場』1995だ。奇術師、霊媒、幽霊、心理学者、護衛などが入り乱れる降霊会で起こる密室殺人と、往年のロースンを思い出させるにぎやかな道具立てで迫る。

 『ポーをめぐる殺人』のほうも趣向の凝り方では負けていない。二〇年代のニューヨーク、ポーの小説を見立てにした連続殺人が起こる。たとえば「落とし穴と振り子」……。探偵役はドイルだが、彼のもとにポーが霊魂のかたちで降り立つ。たんに夢の枕元に立つ人物にとどまらない。ポーは「おれこそ実在であって、きみドイルのほうが未来から迷いこんできた亡霊なのだ」などと、深遠なことをのたまう。ありうる設定だと思わせるところが秀逸だ。

 ポーの決め科白は、いうまでもなく「大鴉」の詩句に封じこめられた「ネヴァーモア」の一言だ。もはやない。これを作者は小説の原タイトルに使ったのだった。

 さらにはポーを主人公にした一作がある。スティーヴン・マーロウ『幻夢 エドガー・ポー最後の五日間』1995(徳間文庫)だ。ポーが巷間に横死を遂げる「死の直前」を想像力的に復元してみせた。正確にいうと、主人公はポーではなく、瀕死の状態で幻夢をつむぎ出すポーの幻覚のほうだ。行き倒れになって絶命したことは有名な事実、死の前の五日間は謎のままである。物語はその期間に特別の行動があったとは示さない。その期間にポーのイマジネーションがどれだけ飛翔したかを語っていく。まさにグロテスクとアラベスクのファンタジー。幻想文学のマスターを巧みに利用した、じつに味わい深い幻想小説だ。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...