ルイス・シャイナー『グリンプス』Glimpses 1993
Lewis Shiner(1950-)
小川隆訳 創元SF文庫 1997.12
ちくま文庫 2014.1
六〇年代はロック世代にとっては、まぎれもなく「偉大な文化革命」が実現した栄光の日々でありつづける。しかしこういった手放しの情感は、ふつうミステリには流入しにくい。無理にこじ入れても珍品ができあがってしまう。
『グリンプス』は、SFファンタジーの形で時代への愛惜を歌い上げた数少ない成功例だ。伝説の時代はそれにふさわしい幻を持っているものだ。録音された事実は確認されているけれど音源が見つからない幻のセッション。ステレオ修理屋の主人公レイがこの幻を耳にするところから物
語は始まる。過去を再現して、あの時代の栄光をふたたび幻視しようとする空しい願望。誰もが遠くまでトリップした。トリップしすぎて帰ってこなかった者はいるが、それこそが栄光だった。
彼は、ジミ・ヘンドリックスが一九七〇年に死なずに済む工作にかりたてられる。死と瞑想と精神拡張、世界を一変させたロックという幻。ジミ・ヘンの「蘇生」は成功するが、かえって彼は多元宇宙の迷路にはまりこんでしまう。死者の送りつづけるメッセージは変更しようがない。