シオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』Flicker 1991
Theodore Roszak(1933-2011)
田中靖訳 文藝春秋 1998.6
文春文庫 1999.12
それはともあれ、驚きは、幾重もの複雑な仕掛けで送りだされたこの小説の迷宮に向かった。すぐれた映画評論はしばしば常軌を逸しているし、或る映像作家について書かれた書物がその作家の作品自体よりはるかに豊饒で面白い、という皮肉もありえる。この小説の半分は、そうした破格の映画評論の質を備えている。埋もれた映像の天才を発見していく物語は、映像作品から自立して輝く批評者の眼のきらめきに満ちている。虚実入り乱れる映画論の魔力を目の当りにすると、ほとんど無尽蔵な創作材料が二十世紀の映画史には埋められているのではないかという錯覚にすらおちいる。
フィルムのジャングル探索がこの小説の半面だとすれば、もう半面は異端教団の謎を追うカルト・ミステリだ。芸術家小説には満足できない人向きの受け皿もきちんと備わっている。