ビル・プロンジーニ&バリー・N・マルツバーグ『裁くのは誰か?』Acts of Mercy 1977
Barry N. Malzberg(1939-) Bill Pronzini(1943-)
高木直二訳 創元推理文庫 1992.7
『裁くのは誰か?』は、いわゆる一つの「大統領ミステリ」だ。
大統領の身辺で起こる連続殺人。魔手はやがて大統領自身にまでおよぶが、大統領は持てる明敏さを総動員して事件を解決していく……。アメリカ国家の大統領は公選によって選ばれる最高権力者だ。民主制度の国是というのか、ミステリとは縁が深い。じっさいにリレー短編の筆を取ったルーズヴェルト第三十二代大統領もいる。
最近では、ホワイトハウスを題材にしたポリティカル・フィクションに大統領が登場するケースも増えている。またハリウッド映画で大統領役を演じたスターのリストも年ごとに膨大なものとなる。
大統領本人が愛読ミステリを公言することは、支持率アップのための対策でもあるようだ。レーガンはトム・クランシー。クリントンはもっとマイナーにウォルター・モズリー。現大統領はおそらく、ないだろう……。
しかし『裁くのは誰か?』のような大統領の登場の仕方はたぶん前例がないだろう。禁じ手はあるのか否か。最高権力者とはいっても、どこかの「国王」と違ってタブーはないのかもしれない。
少し前にトリッキー・ディックと仇名された第三十七代大統領が不名誉な形で退場している。政治家としての功績はそれなりに評価されるべきだという意見もあった。しかし悪役イメージは常に彼にはついて回った。ウォーターゲイト事件は、今では現代史の欠かせない一項目となっている。事件に関して、ニクソンは嵌められたのだという解釈も一部にはある。『大統領の陰謀』1974(文春文庫)を書いたジャーナリストの一人ボブ・ウッドワードが、データのリークを受けていたという説だ。その論拠は、ウッドワード記者とCIAおよび保守財閥とのコネクションだ(広瀬隆『アメリカの保守本流』集英社新書)。
仮にそれが事実であったとしても、ニクソンへの同情票は集まらないだろう。自分の上を行くトリックに引っかけられたことで、さらに悪名は高まるかもしれない。
事実でなかったとしても――。なぜ『裁くのは誰か?』のようなミステリが突如として出現してくるのか、その理由を納得できるに違いない。この小説のサプライズ・エンディングは、大統領職の聖なる椅子という盲点を利用したものだ。見えすいたトリックを隠すための裏技に大統領制度は使われた。これを読むと、カー派の馬鹿騒ぎが完全に過去のものではなく、ささやかな水脈(パズル派の伝統といってもよい)としてひっそりと息づいていることを理解できる。
作者の一人プロンジーニは、パルプマガジン・コレクターの探偵を主人公にしたB級ハードボイルド・シリーズも書いている。アンソロジストとしても活動し、この作品からは、いかにもうるさ型のマニアぶりが伝わってくる。