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2023-12-13

4-1 ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』

 ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』Catch-22 1961
Joseph Heller(1923-99)
飛田茂男訳 早川書房1969 ハヤカワミステリ文庫1977、2016

 『キャッチ=22』は、戦争に付随する腐敗と狂気と官僚主義とそれらいっさいの反復を描いた予言的な作品だ。少なくともこの小説が支持を得たとき、現実を映したものとは解されなかったろう。しかし、ほどなく現実の戦争が『キャッチ=22』に似てくる、という事態が起こった。

 ヘラーが描いた、戦争基地における正気と狂気の逆転、かぎりなく無意味に繰り返される爆撃作戦。などの事柄は、やがてヴェトナムで現実のものとなる。その意味で『キャッチ=22』は、未来社会の圧制を描いたジョージ・オーウェル『一九八四年』に並ぶ、強烈なシンボル性を備えた作品だ。

 小説の舞台は、第二次大戦末期、中部イタリアにあるアメリカ空軍基地。といちおうは指定されているが、ここを真に支配するものはキャッチ22と呼ばれる幻の軍規だ。公文書がすべての事実に優先し、秘密機関が暗躍し、権力者は私欲のために戦争をとことん利用する。

 兵士たちは、一定の出撃回数をクリアすれば除隊して帰国できるだろうと夢を持つ。ところが任務回数はいつの間にか増えていく。除隊の日など永遠に訪れそうもない。「気が狂っている」というキーワードは、物語のなかに無数に出没する。使われすぎて意味を喪っているともいえる。それは、正気だという意味でもあれば、たんに無感動だという意味でもある。あるいは言葉そのままの狂っているという意味でもある。


 『キャッチ=22』に現われる、異常なエピソードや常軌を逸した人物たちに目を奪われても、おそらくそれ自体は何も語っていない。それらの集積がつくる度をこしたドタバタ喜劇。あるいは、マイロ・マインダーバインダーとかメイジャー・メイジャー・メイジャー少佐〈メイジャー〉とかシャイスコプフ(この人物は三年で下士官から将軍にまで出世する)の命名。読む者は、この世界が永遠につづく悪夢的現実の模型であるかのような錯覚におちいるだろう。

 物語に終わりが訪れるのは不思議だが、今度は現実の戦争のほうが『キャッチ=22』を模倣してきたのだ。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...