エラリー・クイーン『九尾の猫』Cat of Many Tails 1949
Ellery Queenーーフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay 1905-82)&マンフレッド・リー(Manfred Lee 1905-71)
村崎敏郎訳 早川書房HPB 1954.10
大庭忠男訳 ハヤカワミステリ文庫1978.7
越前敏弥訳 ハヤカワミステリ文庫2015.8
『九尾の猫』はライツヴィル三部作につづき、作品テーマでもつながるが、舞台はニューヨークにもどっている。都市の、群集の人の物語だ。群集のなかに出没する連続絞殺魔。被害者を結びつけるパターンは見つけられない。無作為に、出鱈目に、犯人は犠牲者を選んでいるように映った。
クイーンはこの作品で、作風を一転させるようにも、社会学的にテーマを押し拡げてみせた。それが術策であることは、後の部分になるほど明らかだ。九人の被害者から最終的に明らかにされる答えは、ある一つのリンクだ。思いもよらない事柄だが、そこに到ってクイーンのテーマの深刻さに打たれない者はいないだろう。かなりに視野を拡散させながらも、姿を現わすのは徹底的にクイーン好みの悲劇なのだった。
その意味で『九尾の猫』に群集の発見という方向はない。都市の記号を読み取るという欲求は作者にはない。あえてそれに背を向けさせたのは、クイーンの偏奇的ともいえる、家族的悲劇へのこだわりだろう。大都会のなかで被害者が無関係に通り魔的に殺されていく事件の真相として、家族の絆という要素は突飛にも感じられる。それがクイーンの選択だった。
『十日間の不思議』は「父親殺し」というテーマの挫折だったとも受け取れる。『九尾の猫』は同じものの反転だった。とまれ探偵エラリーの危機は、この作品では回避されている。いいかえれば「敗北する探偵」というテーマは不徹底のまま、未決の項目に棚上げされた。
クイーンは間もなく、赤狩り時代への抗議をこめた寓話的ミステリ『ガラスの村』1954を発表する。