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2024-04-11

1-1 メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』

 メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』Uncle Abner
Melville Davisson Post(1869-1930)
『アンクル・アブナーの叡智』吉田誠一ほか訳 ハヤカワ文庫 1976.8
『アブナー伯父の事件簿』菊池光訳 創元推理文庫 1978.1、2022.10


 思考機械につづくアメリカ産名探偵はアブナー伯父だ。最初の短編「神の使者」が雑誌掲載された1911年は、チェスタトンのブラウン神父シリーズの第一巻が出た年でもある。これも先駆者として讃えられる名前だ。

 アブナー伯父ものは、十九世紀アメリカ中西部を舞台にした歴史小説としても読める。作品が背景とする時期は、ジェファースン時代の十九世紀初めと、南北戦争前の十九世紀なかばと、二説がある。いずれにせよ作者が「現代」を描くことを避けた点を注目すべきか。

 密室殺人の機械トリックで有名な「ドゥームドルフ事件」のように、トリッキィなものもあるが、探偵が体現しているのは、法と信仰という二つの柱だ。古風なモラルは古びるのではなく、一貫してアメリカの娯楽小説に流れているといえる。作者は弁護士でもあったから、リーガル・サスペンスの先駆けを見い出せる。

 これも有名な「ナボテの葡萄園」に、その定式は表われている。アブナー探偵は法廷の場で犯人を追いつめる。進退きわまった犯人は法廷侮辱罪に問うと脅しつけてくるが、探偵は全能の神の名において反撃する。法と正義と。その二本柱がいささかストレートに表明されるところが、このシリーズの持ち味となる。

 これはアブナーの個性であるのみでなく、作家の姿勢をも語っていた。思考機械にしろ、アブナー伯父にしろ、探偵という人物がいかに社会的な認知を得ていったかを強く反映する。認知を得ることができたかを、である。前者は人間的属性をできるかぎり削り落とす方向を取り、後者はあつかう事件の質はどうあれ作品外にあるイデオロギーで自らを武装していた。そして、どちらも異なった位相において、現代とはずれたところに身を置いていた。

 この点は、第一走者たちの作品を読む上で見落とせないところだ。

 同じ時期、フレドリック・アーヴィング・アンダースン『怪盗ゴダールの冒険』1913(国書刊行会)、エドガー・ライス・バローズ『ターザン』1914(創元推理文庫)などの読み物があった。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...