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2024-04-10

1-2 T・S・ストリブリング『カリブ諸島の手がかり』

 T・S・ストリブリング『カリブ諸島の手がかり』Clues of the Caribbees 1929
Thomas Sigismund Stribling(1881-1965)
倉坂鬼一郎訳  ‎ 国書刊行会  1997.5、河出文庫 2008.8

 イタリア系アメリカ人ポジオリ教授を名探偵役とするシリーズ。ヴァンス探偵の先行者もしくは同時代人として、やはりアメリカの地に足がついていない探偵類型に分類できるだろう。思考機械、アブナー伯父、チャーリー・チャンと同列に属する。ただストリブリングの作品には、独特の過剰な要素があって単純には割り切れない。比較のしようがないところがある。それは『カリブ諸島の手がかり』という短編集にかぎっての傾向ともいえる。

 過剰な要素とは何か。一つは、カリブ海域という舞台。もう一つは探偵がかいくぐる運命の質。舞台に関しては、植民地を扱った珍しい試みになっている。アメリカの歴史は植民地経営に関わってはいないが、事実上、植民地化した地域を有している。犯罪が植民地から流れこんでくるというホームズ的・イギリス風のパターンは採用されない。


ポジオリ探偵は現地に身を投じていく。「未開の土地」に身を投じることによって、もう一つの要素の、探偵の運命も決定される。最後の一編「ベナレスへの道」は不気味なテーマに直進していく。探偵の敗北、もしくは破滅だ。

 これはポジオリがさして名探偵ともいいがたい点とはあまり関係はない。彼は犯人の狡智に引き寄せられることを繰り返してきた。最後にはそして、犯人の手のひらで踊らされて終わる。

 一方で、ミステリの近代化が懸命に押し進められている時期に、名探偵の根底的な敗北の物語が書かれてしまったことには驚く。探偵の敗退とは、ミステリにおいて、ポストモダンのテーマだ。ただ作者は、この後もポジオリのシリーズを書き継いでいるいるから、「ベナレスへの道」のほうを、気まぐれな逸脱、番外編として例外視することもできる。じっさいそのほうが儀礼にかなったことかもしれない。


他の作品に

『ポジオリ教授の事件簿』1975 倉坂鬼一郎訳 翔泳社 1999.8

『ポジオリ教授の冒険』 霜島義明 河出書房新社 2008.11


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...