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2024-04-05

2-6 オーガスト・ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』

 オーガスト・ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』The Casebook of Solar Pons  1945
August Derleth(1909-71)
吉田誠一訳 創元推理文庫 1979.7

 これもまたカー派の収穫とは別領域。

 ダーレスの名前は、ラヴクラフトの死後、その作品世界を異端の信者たちに普及しつづけた忠実な使徒として残っている。クトゥルー神話体系を書き継ぐ後継者でもあり、また師ラヴクラフトの作品を刊行する出版者でもあった。ホラー系の奇特な人物といったイメージが強いが、その活動はけっこう多彩だ。

 ソーラー・ポンズものは、ホームズ物語のパロディとして有力なシリーズだ。全七十編あるから、「聖典」(本家ドイルの作品をこう通称する)よりも数的に多い。ポンズはホームズの生まれ代わりという。聖典を忠実に模作している点も特質だ。第一短編集の発刊は四五年だが、ダーレスはすでに、二八年ごろから書き出していたという。

 作者がまだ十代のときだ。聖典はすべて読んでしまって、原作者にもう新作を書く意志がないことを確かめて、自分がシリーズを書き継ごうと決意した。この逸話はダーレスという書き手の性格をよく語っている。愛読者が決意することだけなら珍しくはないが、じっさいに書けてしまう。クトゥルー神話への肩入れも彼にとっては同位相のものだったのだろうか。美術のジャンルでは贋作家という存在は多いが、文芸領域でこの種の仕事を残している書き手は珍しい。

 「消えた機関車」という一編は、消失トリックをあつかう。ドイルの非ホームズ短編の設定を借用し、聖典ならこう書いただろうという結末をつけた。

 ホームズ物語のパロディ、パスティーシュは、それこそ枚挙にいとまがないが、生まれ代わりを称したのはダーレスだけだろう。後継者になろうとした熱意も他を抜きん出ていたと思える。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...