トマス・ハリス『ハンニバル』Hannibal 1999
Thomas Harris(1940-)
高見浩訳 新潮文庫 2000.4
ったことを意味するのではないか。沈黙は怪物との争闘からの敗北を示すのではないか。レクター第三作が待たれた裏には、こうした懸念も多くあったと思える。
七年の後、レクターは外国での逃亡生活のさなかに捕捉される。彼に不具にされた億万長者が懸賞金をかけていたのだ。FBI組織のなかで孤立を深めるクラリス捜査官もこの追跡劇に関わってくる。物語の多くの部分は、英雄が追いつめられ逆襲に出る冒険アクションに費やされる。残りは、英雄譚の念入りな注釈だ。
ハリスは自らがきりひらいたサイコ・ミステリという領域の幕引きも兼任したというわけだ。彼は端的にいう。もはやサイコ・ミステリは成立しない、と。それは、作家の
沈黙によってではなく、別ジャンルの作品を書くことによって証明された。その事実は人を安堵させるものがある。ともかくも「怪物との争闘」にはっきりした一区切りが、作家の側から与えられたわけだから。