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2023-10-16

6-1 グレッグ・アイルズ『神の狩人』

 グレッグ・アイルズ『神の狩人』Mortal Fear 1997
Greg Iles(1960 -)
雨沢泰訳 講談社文庫 1998.8

 『神の狩人』はインターネット殺人鬼を扱って成功したケースだ。失敗の例は数多くあるが、その理由まで詮索しなくてもいいだろう。ヴァーチャルな空間とリアルな殺人のスペースとがいかにして交差するか。そこにはアイデアがそのまま説得力あるストーリーに直結していかない様々な困難がある。

 セックス専門のサイト「EROS」を舞台に出没する殺人鬼。サイト会員は不特定多数に広がっているが、コアなメンバーは秘密クラブのエリートにも似た紐帯で結ばれている。セックスが物語の根幹を占めている点では、『悪魔が目をとじるまで』と双璧だ。

 サイバースペースの匿名コミュニケーション・システムが、殺人という絶対のコミュニケーションによってその匿


名性を破壊される。犯人は犯行の発端からその全身像をさらしている。その像はネット空間のものだから、リアルなレベルでは意味を持たない。サイバースペースを泳ぎ被害者を自在に物色する犯人の姿は奇妙に魅惑的で、戦慄をもたらす。インターネット時代が発明した透明人間。しかもこれは現実の一端なのだ。

 主人公がネット上で犯人との会話を試みる長いシーンが出色だ。彼は女性人格に仮想してチャットを挑んでいく。犯人は第一声を放つ。「きみの会話にはパターン化したミスがあるね。音声認識ユニットを使っているのか?」と。そう語るからといって、彼が男である証拠にはならない。会話は、両者の頭脳戦・心理戦であるとともに、サイバー・コミュニケーションのすべてがそうであるように、仮装ゲームでもある。三次元ではないが、かといって四次元まではいかない。三・五次元ほどの不徹底な、しかし未知の空間で展開するゲーム。

 『神の狩人』は新たなサイコ空間を小説にもたらせた。


『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...