グレッグ・アイルズ『神の狩人』Mortal Fear 1997
Greg Iles(1960 -)
雨沢泰訳 講談社文庫 1998.8
セックス専門のサイト「EROS」を舞台に出没する殺人鬼。サイト会員は不特定多数に広がっているが、コアなメンバーは秘密クラブのエリートにも似た紐帯で結ばれている。セックスが物語の根幹を占めている点では、『悪魔が目をとじるまで』と双璧だ。
サイバースペースの匿名コミュニケーション・システムが、殺人という絶対のコミュニケーションによってその匿
名性を破壊される。犯人は犯行の発端からその全身像をさらしている。その像はネット空間のものだから、リアルなレベルでは意味を持たない。サイバースペースを泳ぎ被害者を自在に物色する犯人の姿は奇妙に魅惑的で、戦慄をもたらす。インターネット時代が発明した透明人間。しかもこれは現実の一端なのだ。
主人公がネット上で犯人との会話を試みる長いシーンが出色だ。彼は女性人格に仮想してチャットを挑んでいく。犯人は第一声を放つ。「きみの会話にはパターン化したミスがあるね。音声認識ユニットを使っているのか?」と。そう語るからといって、彼が男である証拠にはならない。会話は、両者の頭脳戦・心理戦であるとともに、サイバー・コミュニケーションのすべてがそうであるように、仮装ゲームでもある。三次元ではないが、かといって四次元まではいかない。三・五次元ほどの不徹底な、しかし未知の空間で展開するゲーム。
『神の狩人』は新たなサイコ空間を小説にもたらせた。