ロバート・B・パーカー『レイチェル・ウォレスを捜せ』Looking for Rachel Wallace 1980
Robert B. Parker(1932-2010)
菊池光訳 早川書房1981.12 ハヤカワミステリ文庫1988.3
居並ぶチャンドラー派で最も口達者な伝導者を捜すなら、だれもがパーカーの名をあげるだろう。もともとパーカーはアカデミズムの領域でハードボイルドに関する研究論文を書いていた。私立探偵小説に転身したのは、当初は、大学教員の余技としてだった。
そこでパーカーは、都市小説の送り手として、チャンドラー、マクドナルドの有力な後継者であることを証明した。
ボストン在住の探偵スペンサーの美点はそのストレートさにある。タフガイとしての行動を疑わず、しかもそれを弁舌さわやかに演説する。口先だけの男でないことを示す機会も逃さない。格闘術は一流、料理にも一家言を披露し、フェミニズムへの理解も浅くない。だがそれ以上に守るべき者は「タフガイの伝統」なのだ。
比較的シンプルなプロットの取っつきやすさもあって、長命の安定シリーズとして書き継がれていくことになる。代表作は、初期の『約束の地』1976(ハヤカワミステリ文庫)か『ユダの山羊』1978(ハヤカワミステリ文庫)あたりにしておくのが、妥当だろう。
『レイチェル・ウォレスを捜せ』は、議論小説としてのシリーズの側面を、最も明確に語っている。評判のフェミニストが身辺の護衛を、タフガイに依頼する。男の価値を攻撃してやまない信条を持つ彼女にとって不本意な選択だった。そして彼女の傭った探偵は「議論するボディガード」だった。作者がこうした設定を選んだ意図は明らかだ。
ラディカル・フェミニズムをハードボイルド美学の引き立て役にするためだ。探偵は、自分が生まれる時代を間違えた騎士(むしろ恐竜)である、と表明する。いつもの決め科白とはいえ、相手が相手なので、ひときわ気合いが入る。物語の後半に置かれるのはもちろん、彼女の誘拐拉致と救出だ。原始的な暴力にたいして無力であることを露呈し、彼女は動揺する。動揺した「弱い女」(それが本質なのだと作者は無遠慮に断定している)を抱きとめてやるのは騎士の役目だ。