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2023-12-02

4-4 ジェイムズ・クラムリー『さらば甘き口づけ』

 ジェイムズ・クラムリー『さらば甘き口づけ』The Last Good Kiss 1978
James Crumley(1939-2008)
小泉喜美子 早川書房1980.12 ハヤカワミステリ文庫1988.9


 チャンドラー・スタイルの後継者のなかで、最高傑作を選ぶなら、『さらば甘き口づけ』になるだろう。これは都市小説というより、ビート世代の作家が書く放浪小説に似ている。放浪を描いてチャンドラーの『長いお別れ』1953に通じる感傷の美しさを探り当てた。

 探偵はアル中の伝説的作家の保護を依頼される。彼を見つけることは難しくなかった。探偵もまたアルコールに関しては同じ病いをかかえていた。やがて探偵には、十年前に失踪した娘を捜してくれという仕事が舞いこむ。失踪人捜しも、アル中同士の友情も、探偵のかかえる孤立感と美意識も、この小説を構成する要素に目新しい意匠は一つもない。すでにこれがタフガイ型ハードボイルドの基本的位置だった。


 クラムリーの破格さは放浪者の心情だけだろう。だが古い意匠といえど、これは確実にアメリカ小説の殿堂の一角にゆるぎない場所を要求していたといえる。

 七〇年代の短編を集めた『娼婦たち』1988(早川書房)を読むと、作者の源流はやはりヘミングウェイだったことが了解できる。ミステリ仕立てを採用することによってメインストリーム文学から転身する書き手も多いが、クラムリーは新たな成功者だった。

『アメリカを読むミステリ100冊』目次

イントロダクション 1 アメリカ小説の世紀  ――1920年代まで  1 偉大なアメリカ探偵の先駆け   ジャツク・フットレル『十三号独房の問題』1905   メルヴィル・D・ポースト『アンクル・アブナーの叡知』1918   シオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』1925   ア...