ドナルド・E・ウェストレイク『ホット・ロック』The hot rock 1970
Donald E. Westlake(1933-2008)
平井イサク訳 角川文庫 1972.6
デビュー作『やとわれた男』1960(ハヤカワミステリ文庫)からの数編はハメットの影響が濃厚だった。ハメット派は(当時も)非常に珍しかったが、それはウェストレイクの一時期の意匠に終わったようだ。『我が輩はカモである』1967(ハヤカワミステリ文庫)では、ユーモア路線の才能を示した。次第に独自の犯罪小説のフィールドを開拓していく。ストーリーはおおむね軽快だが、軽ハードボイルドの軽薄さからは免れている。
『ホット・ロック』に登場した不運な泥棒ドートマンダーが新たな代表シリーズになっていく。ユーモア路線への移行だ。彼は天才犯罪プランナー。しょぼくれた中年男で、いつもは百科事典のセールスで小金を稼いでいる。彼のまわりには、口八丁の詐欺師、錠前屋、凄腕の運転手など、異能の犯罪技術者が集まってくる。天才だがアンラッキーというドートマンダーの性格に沿ってストーリーは転がっていく。ギャグまたギャグの連発だ。
ドートマンダーは、アフリカ某小国の要人に、宝石を盗み出してくれと依頼される。彼はチームを招集し、仕事を成功させる。これが第一段階。盗みはうまくいくが、ツキに見放される。誤算が生じて、再度プランを練り直す。第二段階をクリアすると、また別のところで不運にみまわれる。……という繰り返しで、そのつど作戦は困難度を増していく。ヘリコプターから機関車まで、使えるものは何でも使う。刑務所だろうが警察署だろうが精神病院だろうが、潜入するのに苦労はいらない。作戦はとどまるところを知らずに拡大していき、天才の嘆きは深くなる。
奇抜なアイデアが、よどみないストーリーさばきでぐいぐいと進められていく。ドートマンダーは失敗を宿命づけられたヒーローだ。彼がドジらなくても、仲間がつまずく。パターンはほぼ決まっているが、決まっているから楽しめる。
シリーズ第二作『強盗プロフェッショナル』1972(角川文庫)は、トレーラー型の仮設銀行をまるごと盗み出す話。今どきのATMボックスを狙う犯罪に応用できるのではないかとも思わせる。
第三作『ジミー・ザ・キッド』1974(角川文庫)は、誘拐計画。グループが手本にするのがスタークの悪党パーカー・シリーズ。「役に立つのか」という仲間の問いに、主人公は「多少の脚色は必要だろう」と答える。内輪ネタの使い回しも、あっけらかんとしたものだ。